2016年11月28日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第408号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第408回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.138>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います

今回は、神戸市六甲山が舞台です。元保養所だった建物を利用し、作品に触って楽しめる美術館をはじめた矢野茂樹さん(62歳)と妻・貴美子さん(54歳)が主人公です。

茂樹さんは神戸の高校を卒業後、百貨店に就職しました。海外赴任も経験するなど仕事にまい進しました。30歳の時、宝石店で働いていた貴美子さんと結婚し、夫婦で宝石店を開き、お店を切り盛りしながら4人の子どもを育てました。その傍ら、趣味で彫刻品を集めていた茂樹さんは、いつしか作品を触って楽しめる美術館を開きたいと考え始めます。それは、若くして亡くなった母・和惠さんへのある思いからでした。

茂樹さんが海外で仕事をしている頃、和惠さんはがんを患い失明しました。茂樹さんに心配をかけまいと、家族はそのことを黙っていたそうです。視力を失い、49歳という若さで亡くなった母親への思いを胸に決意したのが、「目の見えない人にも美術品を楽しんでもらえる美術館」を開くことでした。

10年間で200軒近い物件を見て回り、ようやく見つけたのが六甲山にある現在の建物でした。元保養所を自宅兼美術館として、2013年12月に「六甲山の上美術館 さわるみゅーじあむ」をオープンしました。

かつて食堂で使われていた食卓は展示台に、元会議室は展示室に生まれ変わりました。さらに保養所時代の厨房を利用してレストランの営業も始めるなど、美術館では保養所時代の設備を有効活用しています。

また新たな試みとして、六甲山まで来られない人にも触れる美術館を体験してもらおうと、店などに美術品を運び込み展示する「移動式美術館」も始めました。作品に触れる新しい美術館を多くの人に楽しんでもらおうと日々奮闘する茂樹さんと、それを支える妻・貴美子さんの日常を紹介します。

以前は保養所として使われていた「六甲山の上美術館 さわるみゅーじあむ」は保養所時代のテーブルや部屋などを今も活用しています。随所に保養所の名残が見られ、普通の美術館とは一味違った雰囲気を楽しめます。

この日は視覚障害を持つ方々が来館されました。普段はできない美術品を「さわって鑑賞する」という新しい楽しみ方にみなさん大満足。お客さんの笑顔を見て、茂樹さんや貴美子さんも嬉しそうでした。

広々とした美術館ですが、矢野家の皆さんが過ごす「リビング」はかつての「管理人室」です。こじんまりとした空間で過ごす家族団らんのひと時。なんだかホッとするひと時です。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.11 NO.34

先週は、息子と次女夫婦が遊びに来てくれました。息子とは、オープンしたばかりの洋食屋に食べに行きました。千歳烏山で営業していた「はしぐち亭」という洋食屋で、店の環境が変わってしまい、一度店じまいをしたそうですが、3年後に経堂で店を再開させたそうです。ちとかライスというピリ辛の牛筋のマスタードライスは、一見黒カレーのようですが、デミグラスソースでとても美味でした。

次女夫婦とは、これまたお気に入りの洋食屋の「ウルトラ」という店に食べに行きました。この店は、ハンバーグなどの洋食が美味しく、どの料理もとても手が込んでいて美味しく、しかも安い店で、いろいろな料理を堪能しました。

しかし洋食は、油こいのと夜の外出が続き、寒いところを出かけたせいで、胃腸の調子を壊して、胃がもたれて仕方がない感じが今も続いています。まだ本調子には、なれないので、体力不足を感じます。

軽井沢での場合も寒いところに外出すると体調が悪くなるみたいで、この状態が改善しないと、本調子には戻れない気がします。


posted by 國井 正 at 19:10| 東京 ☀| Comment(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月21日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第407号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第407回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.137>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います

今回は、眼鏡フレーム生産量日本一で有名な福井県鯖江市が舞台です。故郷に戻りたこ焼き店を始めた齋藤栄一さん(64歳)と令子さん(62歳)が主人公です。

ご夫婦が作るのは、本場・大阪風のたこ焼き。味はもちろん、明るいご夫婦が切り盛りするお店はお客さんに大好評です。

鯖江市出身の栄一さんは、大阪で小学校の教師をしていた24歳の時、令子さんと結婚し、3人の子どもが生まれました。熱血先生だった栄一さんは、家庭でも「これやるで」と常に何でもマイペースに決めていくお父さんでした。そんな中、鯖江市に暮らす母・ユリ子さんが病を患い、定年退職後は介護のために故郷に戻ると決めた栄一さんは、どうせ帰るなら何かを始めたいと「大阪やったら粉もんやろ、そうだ、たこ焼き屋さんになろう」と勝手に決断します。

栄一さんから何の相談もなかったという令子さんでしたが、黙ってついてきてくれました。そんなご夫婦に厳しく、そして惜しみなくたこ焼き作りの技を伝授してくれた師匠が、人気のたこ焼き店を営んでいた次男の充さん。そして2010年10月、たこ焼き店「まいど おおきに」を始めました。

たこ焼きの生地は、師匠・充さん秘伝のレシピです。そして味の決め手となるのは、近所の蕎麦屋「二男坊」からもらう天かすです。天ぷらを揚げるときに出来る天かすには、エビや野菜のうまみが染み込んでいます。また、たこ焼きの上に乗せる九条ねぎは「まいど おおきに」の裏の畑で育てているので新鮮でシャキシャキ。また栄一さんは、作り置きはせず、注文を受けてから焼きます。大阪風の「外側がカリッ、中はトロッ」とした食感を楽しんでもらうためのこだわりです。

お店の中に、筆で丁寧に書かれた「たこ焼き師の認定証」なるものが掲げてあります。息子であり、たこ焼きの師匠でもある充さんが贈ってくれたもの。ある日、師匠・充さんがお店の様子を見に来てくれました。じっとご夫婦の手元を見つめる充さんに、二人とも緊張の様子に、そしてすかさず、「これは焼きすぎ」「早く転がして!」など厳しいチェックが入ります。でも、たこ焼きの焼き方は「きれい!」とお褒めの言葉を頂きました。

次男・充さんと娘の朋子さんご家族が自宅に集い、ワイワイ楽しく夕食です。宴もたけなわの頃電気が消え、朋子さんが4本のロウソクが灯ったケーキを運んできました。実は「まいど おおきに」はちょうど4周年です。子供達とお孫さんが、サプライズのお祝いを計画していたんです。びっくりしたのと嬉しいのとで、令子さんは大号泣!改めて、「お店を始めて良かった」と感じたご夫婦でした。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.11 NO.33

先週は、退院してから2度目の診察がありました。血液の値は、白血球の値も血小板の値も大分上がって来ていますが、肝臓の数値が悪く、肝炎の検査をしましたが、大丈夫でした。

薬のせいで肝臓の値は上昇することは、今までにもありましたが、現在は、薬も服用していなく、お酒も飲んでいないので、念のために検査をしましたが、原因は特定できませんでした。

退院後から体重が3キロ減っており、筋肉も減少しているので、その対策を聞いてみましたが、今回の治療は体に相当のダメージがあり、体重の減少もやむを得ないとのことであり、まだ本格的な筋トレなどは、行ってはいけないと言われました。

毎日リハビリにために歩いているので、足の筋肉は大分戻ってきましたが、まだ犬を抱いて散歩に連れて行くことができません。今は少しづつ筋トレを自宅で行うしかなさそうです。

仕事では、先週には、2件の顧問先に訪問しましたが、つるつるの頭でも、特に心配はされなかったので、少し安心しました。来年からの法律改正や現在使用しているクラウドシステムの未採用顧問への導入などの折衝があり、12月まで忙しくなりそうです。
posted by 國井 正 at 11:14| 東京 ☀| Comment(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月14日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第406号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第406回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.136>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、山口県岩国市が舞台です。生まれ育った故郷に戻り、日本酒造りに適した酒米を作り始めた弘兼信哉さん(62歳)と妻の千代さん(57歳)夫婦が主人公です。

サラリーマンとして、西日本を中心に転勤の多い生活を送っていた信哉さんは、57歳の時に故郷の岩国市錦町府谷(ふのたに)で暮らしていた父が亡くなると、母を一人にしておけないと、会社を早期退職して夫婦で府谷にUターンしました。そこで過疎化と高齢化が進む故郷の現状を目にした信哉さんは、山口県が栽培を奨励していた酒米「山田錦」を育て、地域活性化の足がかりにしようと考えました。

ご近所さんに田んぼを借りて2015年、61歳で酒米作りを開始し、今年は二度目の収穫を迎えます。妻の千代さんや地域の先輩たちも、奮闘する信哉さんを応援しています。

酒米作りを始めた信哉さんに田んぼを貸してくれたのが廣兼桂子さんです。休耕田になりそうだった田んぼが、今年も稲穂を実らせたのを見て、信哉さんに感謝しています。「故郷の景色を守りたい」それが信哉さん
の願いです。

酒米の収穫期を迎えた信哉さん、地元の先輩の手を借りて稲刈りを始めました。収穫後は一晩乾燥させてから籾摺りを行い、選別機でお米を振り分けます。今年は悪天候の影響もあって、去年の量には届きませんでした。酒米作り二年目、課題は山積みです。

この日、信哉さんが訪れたのは府谷地区にある「グリーンピアやまざと」です。年間契約で家と畑を貸し出している滞在型体験農園施設です。こちらで週末を過ごしているのは重野さんご夫婦です。信哉さんは故郷に活気が戻ってくれればと、交流を重ねています。

山口にもクラインガルデンがあるみたいで、このような施設は、さらに増えるといいと思います。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.11 NO.32

先週は、メールマガジンを発行できず、1週間遅れになってしまいました。

先々週の日曜日に、紅葉を見に軽井沢に旅行にでかけましたが、東京から出たので、あまり防寒の用意をしていませんでした。そしたら軽井沢に着いたら、気温が5℃くらいしかなく、寒くて体調を崩してしまいました。

夜は、嘔吐と下痢があり、眠れない状況であり、翌日に御代田中央記念病院という地元では大きな病院に診てもらい、4時間かけて点滴をしてもらいました。このような状態では、メールマガジンを書くことができなく、発行できずに、申し訳ありませんでした。

翌日からは、体調は良くなりましたが、防寒の洋服などを買い込み、紅葉も楽しむことができました。軽井沢の雲場池では、紅葉祭りで、とてもきれいな景色で、堪能しましたが、とにかく寒くて参りました。

まだ退院して間もないので、体力が回復していないので、体調を崩したと思えますが、大事に至らなくて良かったと思っています。

東京に戻れば、寒さもひどくなく、体調も良くなっています。リハビリを続けて行く予定です。

posted by 國井 正 at 11:02| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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