2017年01月09日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第414号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第414回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.144>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います

今回は、山梨県身延町(みのぶちょう)が舞台です。定年後、東京と身延町の二地域居住を選択し、身延の自然の中で農業を楽しむ得平得(えひらとく)さん(64歳)と、夫の田舎暮らしを見守る妻・紀子(のりこ)さん(64歳)が主人公です。

大阪で生まれ育った得さんは、高校を卒業後、東京の電機メーカーに就職し、24歳の時、同僚だった紀子さんと結婚し、2人の女の子が生まれました。

得さんの転機は51歳の時、妻の紀子さんから「町内の畑の会」への参加を勧められた事がきっかけでした。これといって趣味の無かった得さんは、初めて参加した畑の会で、すっかり野菜作りに魅せられてしまいます。そして、もっと広い畑で野菜を作りたいと、東京の自宅から通いやすい身延町に空き家を購入し2013年、定年退職を迎え、得さんは東京と身延町の二地域居住をスタートさせました。

購入した家は築150年の古民家の畑はおよそ300坪あり、ミカン、キウイ、プルーン、大根、サツマイモなど20種類以上の果物や野菜を栽培しています。

得さんが暮らしている身延町一色(いっしき)・和平(わだいら)地区は、世帯数わずか4軒の集落で、得さんが移住して、最初に声をかけてくれたのが「シンヤの爺さん」こと内藤さんでした。そんな内藤さんを介し仲間も出来た得さんは、今では身延町を第二の故郷と思うまでになりました。

得さんは最近、畑以外にも様々な楽しみを見つけました。週に1度は隣町の食堂へお昼を食べに行きます。また2日に1度は下部温泉でゆったりと入浴します。更に月に1度はご近所さんと囲炉裏を囲んで宴会と、山里での一人暮らしを満喫しています。

一方、東京で仕事をしている妻の紀子さんは、休みの日に身延町へ高速バスでやって来ます。虫や泥だらけになることが苦手だった紀子さんでしたが、今では東京から苗や種を持ってくるほど、農業を一緒に楽しんでいます。

私も山梨県のクラインガルデンに見学にいったことがあり、山梨県は、東京にも近いので、2住居生活には、もってこいの場所です。

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◆編集後記

白血病闘病記2017.1 NO.40

今年の最初の診察は、5日の木曜日でした。血液の数値は、肝臓の値がよくなり、炎症反応も高い数値ですが、上昇していなく、血小板は、約2万で下げ止まっているので、ぎりぎり輸血の必要はありませんでした。

しかし、お正月に、泊りにいった旅館の和室で、真っ暗の中をトイレに行こうとして、床の間の段差で転んで、背中を打ってしまいました。

骨には異常はないと思いますが、背中が痛いので、レントゲンを撮ってもらいました。結果は次回になりますが、いろいろあり、大変です。次回は、肺のCT検査を予定しており、まだ原因究明が続きます。

3日には、毎年恒例の妻の母親を中心とした子供や孫が集まる新年会がありました。ビンゴ大会やお互いの近況報告など、非常に楽しみな会です。私は、昨年は1年の10カ月は治療に費やしたので、今年こそ入院生活のない1年にしたいと思っていますが、内心は不安でしかたがない気持ちです。初詣もこのことをお祈りするしかありません。



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2017年01月02日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第413号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第413回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.143>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います

今回は、冬季に3〜4メートルの積雪となる豪雪地帯、新潟県十日町市の山間が舞台です。山の暮らしを楽しむ本間三春さん(69歳)と妻の美和子さん(64歳)ご夫婦が主人公です。

佐渡島出身の三春さんは、就職のために上京、美和子さんと出会い、結婚します。元々自然が大好きで、休日には登山やキャンプなどを楽しむうち「いずれは山で暮らしたい」と思うようになりました。移住地探しをするなかで出会ったのが、十日町市の中心部から車で30分ほどの山の中にある「高倉集落」でした。周囲を山々に囲まれた豊かな自然と、集落の人々の温かさに触れてこの地が気に入った本間さんご夫婦は、中古の家を購入し、2011年に高倉集落へ移住しました。

ご夫婦が一番驚いたのが冬の暮らしです。話には聞いていたものの、実際に4メートルもの積雪の中での生活は大変なことばかりですが、ご近所さんに助けてもらいながら、年々冬を楽しめるようになりました。晩秋には、冬の到来に向けて漬け物作りや収穫した野菜の保存など、越冬の準備が沢山あり、そんな冬支度一つ一つを楽しみながら行っています。

そして今年も、白銀の季節が訪れ、あたりは見渡す限り真っ白になるとまた、キノコ採りや雪遊びなど、楽しみがいっぱいあるんです。

畑で育てている野菜を収穫しに来た本間さんご夫婦は、雪が降る前に、ネギやキャベツ、白菜を収穫してしまわないといけません。そんなご夫婦が暮らす家は、豪雪地帯ならではの高床式住宅です。雪国ならではの工夫がされたお宅は、1階部分が車庫や物置になっていて、冬になると野菜や保存食を保管する天然の冷蔵庫になります。更に、収穫したキャベツや白菜などは根っこを残してこの物置に置くことで、日持ちを良くすることが出来ます。ご近所さんから教えて貰った雪国ならではの知恵です。

12月半ば、十日町市に本格的な冬が訪れ、紅葉も姿を消して辺り一面がすっぽりと雪に包まれました。これからは日々、雪との戦いです。

雪が降る度、玄関前に積もった雪を除雪しなければいけません。大変そうですが、「いい運動になる」と笑うお二人です。雪の中での暮らしは苦労も多いですが、雪国の美しい風景を愛で、恩恵も受けます。

本間さんご夫婦は高倉集落の仲間たちと共に、山暮らしを存分に楽しんでいます。

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◆編集後記

白血病闘病記2017.1 NO.39

明けましておめでとうございます。月曜日の遅い発信となり、申し訳ありません。

昨年末の診察で、肺のレントゲンを撮りました。肺炎やカビの恐れは、血液検査では、出ていないのですが、どうしても肺に影があり、来週に肺のCT検査を行いことになりました。

血液検査では、血小板の減少が止まらない状況で、炎症反応の非常に高いので、今週の5日に血液検査を行いますが、何が原因なのかわからないので、手の打ちようがありません。

体は、元気なのですが、背中が痛い感じがし、体がだるくなる感じが、あります。いずれにしても早く原因を掴んで、効果的な治療をしたいと思っています。
posted by 國井 正 at 21:16| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月12日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第410号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第410回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.140>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、山間の小さな盆地に広がる静かな城下町、津和野町が舞台です。

農業の傍ら、地元を活性化させようと、食事処「農家レストラン ちしゃの木」を始めた青木登志男さん(67歳)と妻・みゆきさん(64歳)が主人公です。

津和野町出身で家業の農家を継いだ登志男さんは、27歳の時、みゆきさんと結婚し、二人の男の子が生まれました。米、野菜、栗を栽培し日々農業と向き合う暮らしの中で、登志男さんは農業の行く末を案じるようになっていました。「これからの農業は、原材料の生産だけでなく作物を加工し商品として販売することが必要だ」と考えました。

そこで最初に挑戦したのが、自慢の栗を使った菓子作りでした。しかし農業の経験しかなかった為、失敗の連続でした。それでも諦めず試行錯誤を続けた登志男さんでしたが、頑張りすぎたのか、体調を崩し2カ月の入院しました。病床で登志男さんは「このまま人生を終わるわけにはいかない。もう一丁頑張ろう」そう自分自身を奮い立たせ考え付いたのが、趣味で打っていた蕎麦と自宅の栗を使った、地産地消の農家レストランでした。

学校給食の栄養士をしていた妻・みゆきさんも、店のメニューを考えるなど手伝ってくれました。また、長男・秀作さんも製菓専門学校を卒業後、栗菓子作りを本格的に手伝ってくれるようになります。

店名の「ちしゃの木」は、自宅の屋号に因んで付けました。この季節の人気メニューは蕎麦と栗ご飯がセットになった「そば栗セット」でした。蕎麦は登志男さんが打った「十割そば」で、つなぎを使わない十割蕎麦は、水回しと練りを短時間で行うのが一番重要だと言います。妻・みゆきさんが作る栗ご飯は、白米8、餅米2の割合でブレンドし、蕎麦汁を入れて炊いたご飯に、自家製の焼き栗が乗っています

店から車で30分程の自宅敷地内には栗の加工場、農園工房があります。35年前、登志男さん一人で栗菓子作りを始めた場所です。現在は長男の秀作さんが菓子作りをしています。製造販売している菓子は、栗羊羹が中心。ペーストにした栗と糸寒天などを混ぜ煮込んで作ります。栗羊羹は津和野町内で30軒の店に販売をお願いしています。

「農家レストラン ちしゃの木」開店して5年を迎えました。青木さんご夫婦は地元の稲荷神社に、酢飯の変わりに蕎麦を詰める「蕎麦いなり」を献上することにしました。津和野の町を見守る高台にある「太皷谷稲成神社」は江戸時代から五穀豊穣、商売繁盛の神様として信仰を集めてきました。「おかげ様で店を無事にやってこられました」と感謝の気持ちと共に、思いを新たにしたお2人です。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.12 NO.36

先週は、退院してから初めての骨髄検査を受けました。先生が私の腰の骨髄液を採取するところを見て、無数の検査の跡があると言っていました。久しぶりに受ける検査は、麻酔をしているのですが、凄く痛くて、飛び上がるほどでした。

また血液検査を行うと、肝臓の値がかなり悪くなっており、現在投薬も受けていないので、原因がわからく、来週再度血液検査を受けて、その値によっては、内科の専門医に診てもらうことになりました。

白血球などの数値は良くなっていますが、なかなか、すべての数値が良いというわけには行かないようです。また骨髄検査の結果も気になりますので、安心することはできないですね。

体力は、回復していますが、体重が増えて行かないのも不安材料です。先日スマートフォンに連動する体重計を購入しました。今までは、朝に体重を測るとスマートフォンのアプリに手入力していましたが、連動型は非常に便利です。

最近は、電動歯磨きもスマートフォン連動の機械を購入して、歯の健康にも気を遣うようになってきました。今までは適当に歯を磨いていましたが、きっちり、2分かけて磨くようになることは、適当な自分には合っています。また舌のクリーニングも行うようになりました。ブラシもマルチのもの以外に、歯垢を取り除くものやホワイトニングのブラシなどがあり、愛用しています。
posted by 國井 正 at 09:43| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月14日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第406号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第406回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.136>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、山口県岩国市が舞台です。生まれ育った故郷に戻り、日本酒造りに適した酒米を作り始めた弘兼信哉さん(62歳)と妻の千代さん(57歳)夫婦が主人公です。

サラリーマンとして、西日本を中心に転勤の多い生活を送っていた信哉さんは、57歳の時に故郷の岩国市錦町府谷(ふのたに)で暮らしていた父が亡くなると、母を一人にしておけないと、会社を早期退職して夫婦で府谷にUターンしました。そこで過疎化と高齢化が進む故郷の現状を目にした信哉さんは、山口県が栽培を奨励していた酒米「山田錦」を育て、地域活性化の足がかりにしようと考えました。

ご近所さんに田んぼを借りて2015年、61歳で酒米作りを開始し、今年は二度目の収穫を迎えます。妻の千代さんや地域の先輩たちも、奮闘する信哉さんを応援しています。

酒米作りを始めた信哉さんに田んぼを貸してくれたのが廣兼桂子さんです。休耕田になりそうだった田んぼが、今年も稲穂を実らせたのを見て、信哉さんに感謝しています。「故郷の景色を守りたい」それが信哉さん
の願いです。

酒米の収穫期を迎えた信哉さん、地元の先輩の手を借りて稲刈りを始めました。収穫後は一晩乾燥させてから籾摺りを行い、選別機でお米を振り分けます。今年は悪天候の影響もあって、去年の量には届きませんでした。酒米作り二年目、課題は山積みです。

この日、信哉さんが訪れたのは府谷地区にある「グリーンピアやまざと」です。年間契約で家と畑を貸し出している滞在型体験農園施設です。こちらで週末を過ごしているのは重野さんご夫婦です。信哉さんは故郷に活気が戻ってくれればと、交流を重ねています。

山口にもクラインガルデンがあるみたいで、このような施設は、さらに増えるといいと思います。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.11 NO.32

先週は、メールマガジンを発行できず、1週間遅れになってしまいました。

先々週の日曜日に、紅葉を見に軽井沢に旅行にでかけましたが、東京から出たので、あまり防寒の用意をしていませんでした。そしたら軽井沢に着いたら、気温が5℃くらいしかなく、寒くて体調を崩してしまいました。

夜は、嘔吐と下痢があり、眠れない状況であり、翌日に御代田中央記念病院という地元では大きな病院に診てもらい、4時間かけて点滴をしてもらいました。このような状態では、メールマガジンを書くことができなく、発行できずに、申し訳ありませんでした。

翌日からは、体調は良くなりましたが、防寒の洋服などを買い込み、紅葉も楽しむことができました。軽井沢の雲場池では、紅葉祭りで、とてもきれいな景色で、堪能しましたが、とにかく寒くて参りました。

まだ退院して間もないので、体力が回復していないので、体調を崩したと思えますが、大事に至らなくて良かったと思っています。

東京に戻れば、寒さもひどくなく、体調も良くなっています。リハビリを続けて行く予定です。

posted by 國井 正 at 11:02| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月31日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第405号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第405回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.135>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います

今回は港町、兵庫県神戸市が舞台です。木の上に建物をつくる「ツリーハウス」をモチーフに、10分の1ほどの「ミニチュアツリーハウス」にして制作している西田幸博さん(61歳)が主人公です。本物の木の枝を使い、その間に作りこむ小さなツリーハウスは、とってもリアルで、夢に描いた空間を現実にしたような世界。見る人を驚かせます。

かつて菓子メーカーで技術職をしていた幸博さんは、とにかくものづくりが大好きです。妻の真知子さんと結婚後、海外赴任でアメリカへ行きます。そこで精巧に出来た「ミニチュア」に出会い、幸博さんは木工でドールハウスを作っては家族を喜ばせていました。やがてご夫婦は、将来の夢を思い描くようになります。それは「木工で、何らかの物作りをして暮らしたい」というものでした。

しかしその後、真知子さんが大病を患い、幸博さんは早期退職して看病に徹しましたが、2011年に真知子さんは亡くなりました。妻の死後、幸博さんは「二人でやろうと思っていたことをやろう」と思い立ちます。そして2年前にミニチュアツリーハウスの工房「Woody Factory 空知」を始めたのです。

幸博さんの作品は、自然の風景の中に置いて見てみると、まるで本物のツリーハウスです。木の枝の間にウッドデッキがあり、そこにログハウスなど建物が置かれています。それだけでなく、幸博さんの遊び心がそこかしこに散りばめられています。例えば、ログハウスまで物を持ち上げるためのクレーンとカゴが取り付けられていたり、折りたたんで格納できる木のはしごが付いていたり、作品を見る人は、ツリーハウスに暮らす住人になった気持ちになり、夢の世界に引きこまれてしまいます。そんな作品を日々生み出し続ける幸博さんは「少年のまま、おっちゃんになった」と笑います。

幸博さんは神戸市内のマンションで、次女の繭理(まゆり)さんと中学3年生の長男・元(げん)さんと共に暮らしています。毎朝必ず子供達を見送り、家事をこなしてから、篠山市の山奥に構えた工房へ向かいます。ツリーハウス作りは、工房の隣にある山の木を伐採することから始まります。「リョウブ」など細い木の、枝分かれしている部分を利用し、そこにウッドデッキや建物を設置していきます。何本もの小枝を細い糸で結び合わせると、それはまるでロープでくみ上げられた木の手すりです。小さな枝を100カ所以上も結びつける作業は手間がかかって大変ですが、こうすることで作品のリアリティが増すんです。

気持ちの良い秋晴れの朝。こんな日は工房ではなく、幸博さんが大好きな海へ出かけます。マリーナにあるのが、36年かけて完成させた手作りヨット「空知号」です。これを作りあげることも妻・真知子さんとの夢でした。部品、内装、すべてにおいて手作りで、以前は家族総出で作業をしました。船内には真知子さんが作った真っ赤なクッションも残されています。家族の思い出が詰まった空間。幸博さんにとっては「ものづくりの出発点」です。だから時々、ここに戻ってきては木工作業をする幸博さん。誰にも邪魔されず、集中できる船内は大切な場所です。

幸博さんはオリジナルのミニチュアツリーハウス作品だけでなく、オーダーメイドも受け付けています。この日、完成したばかりの作品を届けるために、京都市南区にやってきた幸博さんが到着したのは、卓球選手の育成をアシストしている会社。こちらの社長さんから特別なツリーハウスを依頼されました。それは、立派なツリーハウスの下に広がる、野菜が一杯の農園に、10分の1サイズで精巧に作った、卓球台です。イメージは、農業をしながら、広々としたウッドデッキで卓球を楽しむことが出来る、スペシャルなツリーハウスにみんなが思わず笑顔になってしまう、世界にたった一つの作品です。

奥さんが先に亡くなるケースもあるので、せっかくの第二の人生に寂しさがのこることもありますね。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.10 NO.31

23日に病院を退院して日曜日で1週間が経ちました。今回の治療の影響は、予想以上のものであり、いまだに、体が思うように動きません。全身が鉛のように固く、筋肉も戻って来ません。外を散歩するようにしていますが、階段や坂を上るのが、辛くて、このまま元の体に戻るか心配になります。

先週は、社会保険労務士のソフト会社の研修があり、業務に直接関係して来る内容なので、思い切って外出しました、今回は、ソフト会社が提携した「チャットワークス」という会社が会場でしたが、その会社が、どの駅からも遠くて、近くの地下鉄の会社からタクシーを使って参加しました。

現在顧客と使っているソフトにチャットの要素を加えて、顧問先とチャットで話せるようになったり、そのチャットに今までの顧問先とのやり取りをすべて記録させる要素があったり、なかなかの内容でした。

その会社の会社見学もあり、500名ほどの社員がいるのですが、東京と大阪のオフィス以外は、在宅勤務で行っているので、予想以上に社員が少なく大きなテレビでのビデオチャットでいろいろなオフィスの社員とやり取りしているのが、印象的でした。なんと社員には、ノートPCが1台あるだけで、紙も電話もありません。会社にも電話は一切なく、顧客とのやり取りは、チャットかメールのみだそうです。

しかも日本の会社ですが、本社はアメリカにあり、顧客は11万3千社、世界44か国にあるそうです。しかもチャットワーク自体は、使用は基本的に無料であり、PCやスマホにソフトをダウンロードして登録すれば、すぐに活用できるそうです。

しかし研修の日は、雨が降って寒くて、自宅に戻ってから、疲れて何もできまでした。来週からは、顧問先の訪問もあり、仕事ができるか心配です。
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2016年09月19日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第399号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第399回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.129>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は、美しい自然に囲まれた岡山県美作市です。自宅の畑で採れたて自家製野菜を使ったレストランを始めた福田昌弘さん(64歳)と妻の範美さん(61歳)が主人公です。

岡山県出身の昌弘さんは大学を卒業後、小学校で先生として働いていました。28歳の時に大学の天文サークルで出会った範美さんと結婚、2人の子供が生まれます。元々兼業農家の家に生まれ、仕事をしながら野菜作りもしていた昌弘さん。レストランを始めるきっかけになったのは50代の時でした。同年代の仲間との飲み会で、定年後の話をしている中で「お店でもやってみたらおもしろいのでは」と考えるようになったといいます。

定年を迎え、本格的にレストラン開店を決意したご夫婦は、資格取得や自宅の改築など必要な準備を整え、2015年11月、念願だったレストラン「農園キッチン プンゲンス」をオープンしました。

福田さんご夫婦が営む「農園キッチン プンゲンス」は、お二人が育てた野菜を中心に、自家製にとことんこだわったレストランです。ほとんどの料理が自家製食材、中でもこだわりは古代米の黒米です。お客様のテーブルにはお品書きが置いてあり、そこには外部食材を明記するなどご夫婦の思いが伝わってきます。

プンゲンスではお客様に出すお品書きを保管し、リピーターのお客様が次に来店したとき、なるべく違った料理を食べて欲しいとメニューを少しずつ変えるようにしています。ご夫婦の心遣いは料理以外のところでも垣間見えています。

レストランを始めて以来、ご夫婦のもとには昔の知り合いや友人から連絡が来て、お店に遊びに来てくれることが増えたといいます。プンゲンスをきっかけに懐かしい人たちとのつながりを確認し、新しい世界も広がっていると日々実感しています

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◆編集後記

白血病闘病記2016.9 NO.27

先週入院した部屋は、またも6人部屋で、しかも真ん中のベッドであり、前回入院の悪夢が蘇って来ました。中には寝たきりの方もいるし、音も出せないので、非常に気を遣います。また白血球の値が下がって、免疫力がなくなると大部屋は、非常に気になります。

今回は、担当医師にクリーンルームの空き状況を確認したら、前回よりは、改善されているが、本来は、移植患者の部屋で優先順位があるので、無理ではないかと言っていたあのですが、丁度いいタイミングで空きができてまだ数値は低くなっていないけれど、先週の土曜日にクリーンルームに入れました。

広い部屋で、トイレも洗面所もあり、非常に快適です。大部屋だと、自分で部屋の温度を調節できませんが、個室であれば快適な温度に保つことができ、おじさん達のいびきや咳からも解放されるので、安心です。

先週も、2組の見舞客が来ていただきました。1組は、春日部の創業支援ルームに最初に入居したイラストレーターの女の子で、私や他の入居者の名刺やポスターなどを制作してくれていましたが、結婚して自宅で仕事をしています。ご主人も非常にいい方で、一緒に根津神社のつつじ祭りに、行くそうです。

もう一人は、中学高時代の友人で、生命保険会社をリタイヤして、大田区の児童公園で週3日程度働いていますが、健康的でいい仕事だと思います。彼も長いこと音楽活動をしていましたが、今はだんだん厳しくなって、聴く方に回っているそうです。その日も大塚のライブハウスで、ロックのコンサートがあり、出かけるそうです。年も一緒なので、夫婦や子供の話もいろいろ共通する部分が、興味深い話となります。


今週は、どこかで白血球が下がる時期が来るので、今から戦々恐々としていますが、覚悟して行くつもりです。
posted by 國井 正 at 12:04| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月29日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第396号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第396回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.126>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、新潟県村上市が舞台です。日本海を望む民家レストラン「凪のてらす 仲(なか)」を営むに板垣和子さん(64歳)と夫の純一さん(64歳)が主人公です。

村上市の山間部で育った和子さんは、24歳の時に、村上市の海沿いにある碁石地区出身の純一さんと結婚し、碁石地区で暮らし始めました。そこで、近所のおばあちゃんたちが作る、碁石地区ならではの味に興味をもった和子さんは、郷土料理を学びイベントなどで振舞うようになりました。

昔から故郷を盛り上げたいと考えていた純一さんは、海に面した地元の食材と和子さんの料理の腕をふるうレストランを開こうと決意しました。和子さんも地域を盛り上げたいという純一さんの熱意に負け、お店をオープンすることに決めました。そして建て替えに伴って自宅の一部をレストランにし、2015年3月「民家レストラン 凪のてらす 仲」をオープンしました。お店では、和子さんが習ってきた地区の「味」を存分に楽しめる美味しい食事と、目の前に海が広がるロケーションが人気となり、たくさんのお客様が来店するようになりました。

「凪のてらす 仲」の客席からは、野菜が育つ家庭菜園のテラスと、そのテラスの向こう側に日本海が見えます。家庭菜園では、お店で使うカボチャやシソ、トマトなどを育てていて、営業日の朝に収穫しています。水やりは純一さんの仕事で、美しい花々や野菜を愛情込めて育てています。

厨房で調理を始めた和子さんが、作り始めたのは「しそ巻き」です。家

庭菜園で収穫したシソに、ゴマや上新粉などを混ぜた味噌を少し乗せて巻いていきます。巻き終わったら楊枝にさして、油でさっと揚げて出来上がりです。「凪のてらす 仲」で夏場にお出しする、人気のメニューです。

ご近所さんからレシピを聞いて、地元で昔から食べ伝えられてきた「せりやき」を試作した和子さんは、近隣の皆さんを呼んで試食会を開きました。昔から食べ親しんでいる料理なので、評価がどうなるか不安でしたが、皆さんから「美味しい」と合格を頂きました。もしかしたら、「凪のてらす 仲」の冬メニューに「せりやき」が加わるかもしれません。

海が見えるレストランは、絵になりますね。ご夫婦で協力して、このようなレストラン経営ができることは、素敵ですね。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.8 NO.24

退院してから2週館前に、病院に診察に行きました。白血球は、3100まで回復し、血小板や炎症反応も良くなっていました。しかし念のために胸のCTをとりましたが、肺炎の影もほとんど良くなっているそうですが、念のために菌を殺す薬など、他のいろいろな薬を再入院まで飲まなければなりません。

薬局で3週間分の薬をもらったら、限度額の薬代を請求されました。入院時でしたら、これだけの薬をもらっても入院費用と合算されますが、一度退院してしまうと、別に会計として計算されますので、高い薬は、負担となります。

また先週は、中央職業能力開発協会の主催する「従業員のキャリア開発の進め方セミナー」を受講しました。このセミナーは、協会が改定したキャリア形成支援ツールであるキャリア開発シート(CADS)と環境変化自己診断シート(CADI)というツールの活用方法などが、テーマでした。

まず講師の女性の講義が下手で、声が届きにくく、教材資料も工夫がなく、参考になるものではありませんでした。また4人のグループで情報交換もしましたが、ほとんどは、大手企業の人事部の人間であり、あまり情報を得ることはできそうにもありませんでした。

しかしこのキャリア形成については、以前雇用能力開発機構のキャリアコンサルタント講座を受けており、セミナーにも活用しているので、最新の情報を得ることができました。

あと再入院まで2週間となったので、仕事の片づけとリハビリを頑張ります。
posted by 國井 正 at 10:32| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月07日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第392号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の

仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第392回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.122>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、宮城県栗原市が舞台です。移住した集落で無駄になってしまっている果実を利用して、シャーベット作りを始めた渡辺信雄さん(67歳)と妻の生子さん(65歳)が主人公です。

自然に触れることが好きだったお二人は、美しい栗駒山に魅せられて、栗原市に土地を購入。東京の住まいとの二地域居住を楽しみながら、地域の方々との交流を深め、信雄さんが退職した2014年に栗原市に完全移住しました。ある日、桃の収穫を手伝っていると、廃棄される果実の多さに衝撃を受けました。何かに加工できないかと考え、思いついたのは、果物を材料にして保存もきくシャーベットでした。

地域の仲間たちも全面的に協力してくれることになり、2015年7月、地元の果実を使ったシャーベット店「もぎたてフルーツ工房 土里夢(どりーむ)」をオープンしました。お店では、季節の果物や野菜を使った10種類以上のシャーベットを販売しています。開店から一年、市の内外から人々が押しよせ、

地域は少し賑やかになって来ました。仲間たちとの夢を育む「土里夢」は、里の恵みで作るシャーベット工房を営む、渡辺さんご夫婦の日常をご紹介します。

シャーベットの加工は信雄さんが担当しています。信雄さんの作るシャーベットは、果肉を多く使うことで、ガリガリとした食感ではなくクリームの様なねっとりとした舌ざわりになっています。出来たシャーベットの試食は生子さんの担当です。地域で収穫した果実や野菜を使ったシャーベットが10種類以上並びます。

「もぎたてフルーツ工房 土里夢」の仲間と共にやって来たのは、ご近所の小山さんのお宅。敷地にある梅の木から実を収穫します。収穫した梅の実は砂糖漬けにして、実がやわらかくなってからシャーベットに加工します。

この日「もぎたてフルーツ工房 土里夢」はイベントで賑わう「あやめの里」で出張販売を行いました。東京から応援にやって来てくれたのは長女のあゆみさん。もっと広い地域の人たちに知ってもらおうとPRにも熱が入りました。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.8 NO.20

先週も、白血球は、火曜日に100に上がり。木曜日に200となりましたが、前回より回復が、数日遅れており、先週も月曜日から7℃台から8℃台の高熱が続き、水曜日には9.4℃まで上昇していまいました。

日中もほとんど寝ている状況であり、シャワーも全然はいれません。ただ高熱を寝て我慢するのも大変辛く、高熱があるので、目を瞑ると幻想が見え現実なのか夢なのか良く分からなくなります、

点滴も抗生剤、血小板、赤血球、など入れており、点滴の針も繋ぎはなしで、これに白血球を増やすブランという注射など様々な治療があるので、ゆっくりする状況ではありません。

今週は、白血球の数値が早く上がり、他の数値も上昇するれば、退院する予定も見えてくるかもしれません。
posted by 國井 正 at 14:20| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第391号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。


在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第391回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.121>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、東シナ海に面した沖縄を代表するリゾート地、恩納村が舞台です。客室の窓から望む東シナ海の絶景と沖縄の家庭料理が魅力の「ペンションほろほろ」を営む清水江津子さん(62歳)と夫の岩男さん(649が主人公です。

沖縄県本部町出身の江津子さんは、愛知県の大手自動車メーカーで産業保健師として働いていました。27歳の時、趣味の油絵を通じて三重県出身の岩男さんと結婚し、2人の娘が生まれました。長らく故郷の沖縄を離れていた江津子さんでしたが、48歳の時、小学校のクラス会に参加したのをきっかけに、故郷の素晴らしさを再認識しました。江津子さんは産業保健師という仕事を通て、頑張っているたくさんの人たちと接してきました。定年退職後は、そんな頑張っている人たちが、休日にのんびりと過ごせるようなペンションを沖縄で始めたいと考えていました。そして2013年、江津子さんの定年退職を機に名古屋から移住し、翌年1月に念願の「ペンションほろほろ」をオープンしまた。

清水さんご夫婦が営む「ペンションほろほろ」は、4室の小さな宿ですが、どの部屋も広くゆったりとした空間になっています。各部屋には岩男さんが趣味で描いた風景画が飾られています。食事はチャンプルーやシリシリーなど沖縄の家庭料理が中心。母親の味を思い出しながら江津子さんが腕によりをかけて作ります。

ご夫婦はペンションで出す料理の食材の調達に出掛けます。海ぶどうは漁港で、野菜などは道の駅でと大忙し。朝食に出すフルーツは近所の農家に分けてもらっています。

パッションフルーツを栽培している當山さんご夫婦とは、普段からお酒を酌み交わす仲。ペンションを始めて、ご近所とのつながりが更に深くなりました。

沖縄といえばバーベキューです。休日には親戚縁者が集まりワイワイやるのが夏の定番で、江津子さんの妹さん家族やご近所さん、そして可愛い孫たちも参加して、「ペンションほろほろバーベキュー大会」です。江津子さんと岩男さんが感謝の気持ちを込めて乾杯し、皆で食べて飲んで、カチャーシーを踊って楽しいひと時を過ごしました。ふるさとに帰りペンションを始めて良かったと、改めて沖縄の良さ、人の良さを実感したご夫婦です。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.7 NO.19

いよいよ白血球の値が、0に下がりました。たぶん月曜日の夜からさがっていたみたいで、夜にシャワーを浴びたのですが、ちっとも体が温かくなならず、寝る時も寒気がしてしょうがありませんでした。

翌日の血液検査では、ゼロになったのが、判明し、その日の朝食は、食べられたのですが、そこから寒気が止まらず、体がガタガタ震えている状況でした。

そうしたら急に吐き気がして、戻してしまい、さらに下痢が続きました。体はもうろうとして、車いすでトイレに連れていかれました。体温は最高で、40度まで上昇し、そこから体がだるくひたすら寝ているだけです。夜も37℃台で朝まで良く覚えていません。

翌日になると体温は6℃台まで下がり、やっと動くことができました。しかしこの状況が続いており、現在7℃台で体がだるくてしかたありません。

いつになったら、状況が落ち着くのか心配です。特に通常はこの状態では、クリーンに入るのですが、移植患者が万床であり、入ることができないんで、さらに二次感染するおそれがあります。

どうなるのか白血球があがるのをひたすら待っているしかありません。耐え忍ぶ日々です。
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2016年06月06日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」384号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第384回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.114>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、新緑の里山の風景が広がる福島県南部の鮫川村(さめがわむら)が舞台です。冬は東京、春から秋は鮫川村で田舎暮らしと、二地域居住を楽しむ栗原勇三さん(71歳)と妻の幸子さん(68歳)が主人公です。

東京で生まれ育った勇三さんは区役所の職員として働いていました。27歳の時に幸子さんと結婚し3人の子供が生まれます。お2人が鮫川村を知ったのは、勇三さんが区役所で都市と農村の交流を考えていた時に、福島出身の職員に鮫川村を教えてもらったことがきっかけでした。東京から約3時間と

交流に最適な場所だと考えた勇三さんは、参加者を募って村との交流を始めました。交流が進むにつれて、いつしかご夫婦は鮫川村で暮らしたいと考えるようになります。しかし、子供たちが住む東京の暮らしも捨てきれない。そこでお2人は、東京と福島を行き来するニ地域居住を2011年6月から始めたのです。

幸子さんの趣味は絵はがきを書くこと、勇三さんが綺麗に手入れをしている自宅の庭や景色のいい場所に行ってよく書いているそうです。福島にいる時は、東京に住むご家族、お孫さん、ご友人に愛情のこもった絵はがきをメッセー時を添えて送っています。

福島との二地域居住を始めて、栗原さんご夫婦は地元の多くの方にお世話になっています。中でも、栗原さんご夫婦が借りている畑の隣にお住いの山形さんご夫婦は、いつも畑で作業をしていると「お茶でもどう?」と声をかけてくれるそうです。そんな暖かい声に、鮫川村にも両親ができたようだとお2人は言います。

この日、勇三さんが東京の方を中心に会員を募って始めた「わたしの田んぼ」に約20名の参加者が集まりました。オーナー制度で管理している田んぼで年に1度の田植えの日です。田植えは全てを手作業で行う為、苦戦されている方もちらほらでも、みんなでワイワイとやる田植えは本当に楽しいと皆さん満足の様子です。

ご夫婦が福島に来てから見つけた大好きな場所「鹿角平(かのつのだいら)観光牧場」です。移住を始めたころから2人で良く来るといいます。ご家族や周りの方々を大切にされている栗原さんご夫婦にとってここは、癒しの特別な場所なんです。

東京都と福島県の二重生活もいいかもしれません。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.6 NO.12

いよいよクリーンルームでも白血球は5000近くなり、前回入院した1507号に移りました。前回入院した人は誰もいない状況であり、しかも寝たきりの方の隣で真ん中という最悪の位置です。

クリーンルームにいた際に、血小板、赤血球の輸血の後に、ゾシンという抗生剤を投与したとたんに全身に赤い斑点が広がり、2回投与した後は、真っ赤にパンパンにはれて、痛くて歩けないことと熱が出てだるくて仕方がありません。

気持ち悪いので、シャワーを浴びたら、発熱してしまったので、タオルで体を拭いてステロイド入りの塗り薬をたっぷり塗っていますが、一向によくなる気配がありません。

本来ならば、先週の土曜日に退院予定でしたが、思いもよらない薬疹により退院が遅れそうです。参りました。
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2016年05月09日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第379号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第379回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.109>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、松本盆地の南に位置する長野県塩尻市が舞台です。小学校の木造校舎をイメージしたカフェ「みなと喫茶部 夜間部 手芸部」を営む井駒由佳さん(57歳)と夫の敦志さん(58歳)が主人公です。

子どもの頃から絵を描くのが好きで、長野県の精密機器メーカーでデザイナーとして勤めていた由佳さんは、40代になると、木工教室やビーズアクセサリー教室、洋裁教室などに通い手芸を楽しむようになりました。そして、同じように「もの作り」を趣味にする人たちが集まれる場所を作りたいと、2014年に会社を早期退職して自宅を改築し、「みなと喫茶部 夜間部 手芸部」をオープンしました。

昼の喫茶部、夜のコース料理を楽しめる夜間部、そして洋裁教室などを行う手芸部と、三つの顔をもつカフェです。お店の看板メニューは、フライパンでお客様にお出しするパンケーキです。夫、敦志さんも仕事が休みの日にはお手伝いしてくれています。

手芸部で、由佳さんが講師となって教えているのは「カルトナージュ」です。厚紙に紙や布を貼り、箱などの小物を作るフランスの伝統的な手芸です。特別に注文した大きな作業用のテーブルを囲み、みんなと「もの作り」の楽しさを共有しています。また、早期退職した由佳さんの元同僚には、同じく会社を退職して新たな取り組みを始めた人たちが大勢います。農業や養蜂、ワイン作りなどを始めた仲間たちは「夜間部」で、さらに大きな夢を語り合います。

店名の「みなと」は「みんなと一緒に」という意味で、由佳さんと敦志さんは、カフェを訪れる「みんな」と、楽しく充実した日々を過ごしています。

「みなと喫茶部 夜間部 手芸部」の看板メニューは、フライパンごとお客様にお出しするパンケーキです。チョコバナナのパンケーキやりんごのタルト・タタン風パンケーキなどの甘いメニューに加えて、日替わりで食事用のメニューも用意しています。水曜日はクリームチーズのパンケーキで、具がたっぷり入ったクリームチーズソースが絶品です。

お店で一番大きな机を使って行われるのが「カルトナージュ教室」です。この日参加した生徒さんたちは、楽譜入れとメモホルダーに挑戦します。「素早くキレイに糊付けする」ことが一番のコツだという「カルトナージュ」です。由佳さんの指導のもと、丁寧に作業したおかげで2人とも立派な作品を作ことができました。

早期退職後、新しいことにチャレンジしている仲間のもとへやって来た由佳さんは、「夜間部」の料理用に、仲間たちが作っている食材を分けてもらいます。退職後、ブドウ園を継いだ塩原さんからはシャインマスカットと巨峰ジャムと長イモを、養蜂を始めた保坂さんからは蜂蜜を頂きました。

井駒さんご夫婦の元同僚たちが集まった「夜間部」です。由佳さんお手製の料理を楽しみます。分けてもらった長イモはアヒージョに、蜂蜜を入れたトマトソースは鶏肉にかけました。元同僚たちが作った食材でコラボレーションです。商品化などに向けて夢が広がります。

塩尻の街の背景には、南アルプスの山並みが見えて、松本に居たころを思い出しました。しかしこの方は、何でもできるので、地元の仲間が集まり、情報交換する環境は、理想的な生活ですね。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.5 NO.7

先々週の水曜日に退院し、約1週間以上過ぎて、すっかり入院前の暮らしが戻って来ました。朝は6時に起きて、1時間歩くことは続けており、体重も元に戻りました。

入院中も病院の中を歩いていましたが、絶対的な運動量は少ないので、体重が3キロ近く増えていましたが、朝だけでなく昼も、犬の散歩や、ウォーキングで体を鍛えています。

連休中なので、子供達とも食事に行ったり、会う機会も増えました。先日は、畑を任せている長女夫婦と2か月ぶりに家庭農園に出かけました。前にお世話になったスタッフにも挨拶ができ、土いじりはできないので、もっぱら孫の面倒を見ました。やっと歩くことができるので、後ろから追いかけて、他人の畑に入らないようにすることと、転んでは大変なので一瞬たりとも目が離せないので、疲れてしまいました。

畑は、3月に植えた青梗菜、小松菜、ホウレンソウ、ルッコラ、二十日大根などは、すべて収穫して、次にトマト、ピーマン、ズッキーニ、バジルなどを植えていました。農業経験がないのに、きれいに手入れをしています。

収穫後は、会員用の部屋で、皆で経堂の老舗で購入したお赤飯やお稲荷さん、柏餅などを食べて楽しいひと時でした。今度は、トウモロコシや枝豆も作って欲しいなと思いながらも、すべて任せたので、何も言わないと戒めていました。しかし娘夫婦もすっかり農業にはまっているみたいで、本当にありがたいことだと思っています。
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2016年03月21日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第373号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第373回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.103>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、人生の楽園の住人が取り上げられている冊子「いつか暮らしたい移住地」に取り上げられている方の話です。

この本の第1章「南国・島で暮らす編」に取り上げられている石垣島に移住したご家族の話です。

今回の舞台は沖縄県の石垣島です。大阪から石垣島北部にある明石集落に移住し、カフェをオープンした多部康裕さん(59歳)と娘の寿珠さん(32歳)が主人公です。

康裕さんは、以前は中学校の美術教師をしていました。そして同僚の節子さんと結婚し、一人娘の寿珠さんが生まれました。多部さん夫婦は50代を迎えると、「第二の人生」は石垣島に移住してカフェを開こうと考えていました。しかし、移住先が決まった矢先に節子さんは卵巣がんと診断されます。治療を経て2010年、夫婦は石垣島に移住しましたが、翌年に節子さんは亡くなりました。

「ChakoCaf?」は、明石集落では第一号のカフェです。「チャコ」とは節子さんのニックネームです。メニューはコーヒーやフルーツジュースなど、まだ簡単なものしかありません。寿珠さんがドリンクを作り、康裕さんは客たちの話し相手になります。オープンしたばかりですが、近所の方がふらっと立ち寄ったり、観光客の方々がゆっくり過ごしたりできる場所になりました。

康裕さんは明石集落の住民、新里新八郎さん、仲里剛さんと一緒に釣りへ出掛けます。この日、釣果はありませんでしたが、新里さんの家に集まって酒を酌み交わします。こんな時は寿珠さんも参加することがあります。明石集落の人々は支え合い、家族のような付き合いがあります。その理由は集落の歴史にあります。1955(昭和30)年に沖縄本島から開拓移民として入植した人々によって明石集落は作られました。移住した地でお互いに助け合って暮らしてきたからこそ、移住者を温かく迎える風習が根付いています。

ご夫婦でせっかく都会から石垣島に移住したのに、奥さんが癌で亡くなってしまうなんて、悲しい話ですよね。しかし娘さんが一緒で、奥さんとの想いでの場所で生活できるのは、幸せなのかもしれません。

私の会社の元同僚も早期退職して、ご夫婦で奥さんの実家のある宮古島で暮らしています。民宿を経営しているので、泊まらせてもらいましたが、とにかく時間がのんびり流れていて、いいところでした。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.3 NO.1

先週の木曜日に白血病の再発の治療のために、日本医科大学病院に入院しました。以前は入院何回目と書いていましたが、回数が多すぎてわからなくなりますので、2016.3としました。

今回の入院した部屋は、6人部屋であり、想像ですが、私と同じ年代の方が2名、年上の方が2名、何と10代(18歳、19歳)が2名と、年齢がまちまちです。

入院した日に同室の方と話をするようになり、その方は非常にフレンドリ─な方で、皆さんと顔見知りであり、何名かの方と話をするようになりました。その方からいろいろな情報を聞くことができ、助かっています。

今回は、私も長い入院生活になるので、できるだけ知り合いの方を増やそうと考えており、いろいろな方と話をするようにています。以前は、入院時には、人と話すのは、どちらかと言うと避けていましたが、考えを変えました。

また長い入院生活に備えて、パソコンなどが壊れた場合にも備えて、できるだけの用意をすることにしました。以前にパソコンが壊れて大変な事態がありましたので、今回は、予備としてタブレットPCを買って、いざというときには、使えるようにしています。パソコンでは、前回と同じようにフルゼグの機器を用意して、テレビを見られるようにして、録画をできるようにしています。

病院のテレビカードは、すぐなくなってしまうことと、消灯が9時なので、遅い番組などが見れないので、このように快適にテレビライフ(入院時には必要なアイテム)を送れるように準備しています。

治療は、金曜日からトリセノックスという亜ヒ酸の強い薬を投与していますが、現在は何ともありません。一度この薬で、不整脈が出ていますので、今心電図を付けて投与しています。

幸い日曜日と祭日は、先生がいないので、この治療ができないので、現在は一時帰宅していますが、今週から再開する予定です。何とかうまく行くことを望んでいます。
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2016年03月14日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第372号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第372回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.102>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、鹿児島県鹿屋市が舞台です。海が見える畑で野菜や果物を育てながら、加工品を作り、販売する「みのだ夢来(むら)工房」を開いた蓑田繼男(みのだつぎお)さん(66歳)と、妻のみさ子さん(58歳)が主人公です。

鹿児島県錦江町の農家に生まれた繼男さんは高校を卒業後、働きながら勉強を続け、教員免許を取得しました。県内の農業高校の教員として食品加工などを指導しました。みさ子さんも40代の一時期、町役場に勤め、加工所の管理を担当しました。「食を通して人と繋がる喜び」を知ったお二人は、繼男さんの最後の赴任地であり、みさ子さんの出身地だった鹿屋市に農地を購入し、自宅と加工場を建て、繼男さんが定年を迎えた2010年、「みのだ夢来工房」を始めました。

オープンから5年経ち、夫婦二人で野菜や果物の栽培から収穫、加工、販売までを行う食品工房は、今では地域の憩いの場にもなっています。

工房の前には、蓑田さんご夫婦の畑があります。商品に使う野菜のほとんどが自家製で、農薬を使わずに育てています。2200坪の畑で収穫される野菜は年間30種類以上あります。夫婦二人ですが、楽しみながら旬を感じて作業しています。

お菓子や漬け物など、蓑田さんご夫婦が5年間で作ったオリジナル商品はおよそ50種類あります。一番人気の「玉葱ドレッシング」は油控えめでコクがあり、サラダはもちろん、お豆腐やお肉にも合うと評判です。

ご夫婦が暮らす地区のお祭りでは「みのだ夢来工房」のオリジナル商品とともに、「こっぱ餅」や「ふくれ菓子」などが並びました。昔から親しまれてきたおやつは、お年寄りから若い方まで大好評。お二人の思いが伝わったようです。

蓑田さんご夫婦が工房にやって来た仲間にかける言葉は「ちゃいっぺ」です。この地方の言葉で「お茶を一杯どうぞ」という意味です。工房にはいつも笑顔があふれています。「みんなの憩いの場を作りたい」それがお二人の夢でした。

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◆編集後記

先週は、入院前に最後の仕事となる顧問先での職員研修と経営アドバイザーをしている大田区産業振興協会の相談員の仕事がありました。

職員研修のテーマは、「マイナンバー」です。個人にマイナンバーの話をする時は、できるだけ背景や将来の政府の考え方を話すようにしています。

個人的には、ただマイナンバー導入されて、面倒であるとか、不正利用されるのではないかと心配することが多く、どうしてこのような制度が導入されたのか、将来はどのように使われるのかを理解することが大切であると考えています。

マイナンバーの利用の中には、年金が受給できる年齢になると年金裁定の請求をする時に、個人カードがあれば、現在必要書類である戸籍や住民票が省略することができますが、関連するものとして「ねんきんネット」がすでにスタートしていますので、将来の年金額の試算や年金裁定書類の作成ができることも説明しました。しかもスマートフォンでも試算などができますので、大変便利な機能です。

大田区の仕事は、1年前に相談に来た大田区の企業からの再要請があり、中国に現地法人を設立して本社からスタッフを出向させる予定があり、前回は、海外赴任時の手続きや海外赴任規程などの作成の相談でしたが、今回は、さらに細かい給与体系や運営方法などの質問でした。

この仕事が終了したら、しばらくスーツはきないと思ったら、ホットしましたが少しさみしさも残る業務でした。

また週末には、久しぶりに中学の親しい同級生と再会しました。驚いたのは、生命保険会社で働いていた友人が、2月末で会社を辞めたというのです。彼は65歳まで勤務すると思っていたのですが、体調を崩して1か月会社を休み、通勤が遠いので、体が厳しく退職を決めたということでした。60歳をすぎるといろいろあります。

再入院のことを話したら、退院祝いをするので、頑張るように励まされました。それぞれの人生を頑張るしかないですね。
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2016年02月22日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第369号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第369回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.99>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は雪国東北、山形市です。3年前、勤めていた会社を早期退職し、こけし職人になった梅木直美さん(48歳)が主人公です。

山形市で生まれ育った直美さんは、母親が亡くなった事で父修一さんと暮らし始めます。週末には、修一さんが作ったこけしの木地に絵付けをするようになりました。次第にこけし愛好家たちの間で直美さんが絵付けしたこけしが人気となり、直美さんが木地から作ったこけしが欲しいと言われるようになりました。

修一さんも高齢になり、「木地挽きを教わるなら今しかない」と思い、退職を決意した直美さんは、その後、本格的にこけし作りに取り組み始め、2年前からようやく木地挽きをさせてもらえるようになりました。

まだ全ての工程を任されてはいないですが、師匠の背中を見て技を盗み、伝統のこけし作りを受け継いでいこうと頑張っています。直美さんと厳しくも温かく指導する修一さんを紹介します。

工房に入るとお父さんではなく師匠になります。師匠が来る前にストーブに木くずを入れて燃やし、工房内を温めるのが直美さんの朝一番の仕事です。角材から円柱にし、カンナ棒で頭部を丸く削っていきます。完成した生地に絵付けをし、ロウで磨きをかけ頭と胴をつなげてようやくこけしの完成です。1つ1つ手作りのこけしは手間暇がかかっています。

この日、天童市の蕎麦店「やま竹」にやってきた直美さんは、店主の國井さんと飲み屋で知り合い、店内にこけしを置かせてもらっています。伝統こけしの他に猫の顔を描いた「猫こけし」や背面に羽をあしらった「天使こけし」など直美さんが考案したこけしも販売しています。伝統を残しつつ、もっと多くの人にこけしを手に取ってほしいと工夫を凝らしています。

年に1度開催される「ミニかまくら祭り」の会場には大小様々な、かまくらが作られました。夕暮れと共にかまくらにセットされたロウソク3000個が灯され、温かな光に包まり、幻想的な光景が河川敷一帯に広がります。山形名物・玉こんにゃく600本を訪れた町民に振る舞い、身も心も温まるお祭りになりました。

今回は、夫婦の話ではなく、父親のこけし作りの伝統を継いだ、娘さんの話です。父親としては嬉しい反面、娘さんの伴侶の心配もあるのではないかと考えてしまいます。國井という姓は、山形にもあるのかと驚きました。

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◆編集後記

先週のメールマガジンで白血病の再発の話をしたところ、メールマガジンを読んでいる方から励ましのメールなどがありました。また親しい方には、お話しましたので、少し気持ちが楽になりました。

また先週は、勤務していた第一生命のミニ同期会がありましたので、少し気が重かったのですが、再発のことも話をしました。60歳を過ぎると、皆なもなんらか体の不調な部分もあり、よく理解していただき、励まされました。

今回のメンバーは、第一生命入社時に東京本社に在籍していたメンバーも多く入社時の顔もよく知っていますので、安心して話をできる気がします。実際に再雇用などで勤務しているメンバーと退職して何も仕事をしていないメンバーは、半々くらいであり、皆な好きなことをやっている気がします。

しかし自分も再発しなかったら、もっと楽しく過ごせると思ってしまうと、考えてしまう部分もありますが、前向きに入院までの日数を、しっかり仕事も取り組んで準備をしたいと考えています。
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2016年02月15日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第368号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第368回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.98>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は三重県大紀町です。海も山もある、温暖な土地です。主人公は、子育てをしながらイチゴ栽培を続けてきた小林靖子さん(56歳)と6年半前に会社を退職し、妻と共にイチゴ農家として頑張る夫・克則さん(61歳)です。

イチゴは今が最盛期です。ご夫婦は「章姫(あきひめ)」という甘味が強く皮が柔らかい品種を育て、毎日お客様に届けています。もともとは靖子さんが「少しでも家計の足しになれば」と始めたイチゴ栽培ですが、楽しそうにイチゴ作りをする妻の姿に克則さんは憧れるようになります。そして55歳で会社を退職し、「一緒にイチゴ栽培がしたい」と2009年から夫婦二人三脚で頑張っています。

ご夫婦のイチゴハウスでは、棚を設置して苗を高い場所に植える「高設栽培」と、土に直接苗を植える「土耕栽培」を行っています。同じ品種なのにそれぞれ味が違うそうです。「土耕栽培」のイチゴは濃厚な甘さ、「高設栽培」のイチゴはすっきりとした甘さになるそうです。ご夫婦は地域の皆さんの需要に応え、どちらの味も届けたいと、二つの栽培方法を続けているんです。

2011年、台風による集中豪雨が大紀町を襲いました。川の堤防が決壊し、小林さんのイチゴハウスは、大部分が倒壊しました。現実を目の当たりにしたご夫婦は「もうイチゴ栽培はできない」と愕然としました。しかし、地元の方々が次々と「また小林さんのイチゴが食べたい」「頑張って」と励ましの言葉をかけてくれました。その声に応えたいと、お二人は1年がかりで、ハウスを再建しイチゴ栽培を復活させました。

2年後の2014年、豪雪によって再びハウスが潰されてしまい、ご夫婦は2度に渡る被災を経験しました。しかしお二人はこれを乗り越え、イチゴの栽培を再開させたのです。今、ハウスには真っ赤な甘いイチゴがたくさん実り、ご夫婦は忙しくとも充実した毎日を送っています。ご夫婦の努力を知る地元のお客様たちは「また小林さんのイチゴを食べられてよかった」「本当によく頑張った」といつも温かい声をかけてくれます。これがまたご夫婦のやる気につながるのです。

農業は、災害との戦いですね。大変だと思いますが、ぜひこれからも頑張って、イチゴを育てていただきたいと思います。

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◆編集後記

先週は、日本医科大学付属病院に、骨髄検査の結果を聞きに行きました。なんとまた再発が認められたとの通告がありました。遺伝子レベルの再発で、数値は、ごくわずかですが、再発は再発であり、このままでは、癌細胞は増加していきますので、何等か手を必要があります。

治療法は、すぐに弱い抗がん剤を服用することと、3月にも入院して、強いヒ素の抗がん剤である薬で、癌細胞をゼロにして、その後に化学療法で、今まで使ったことのない薬で、3か月の治療を行うということで、全部で4カ月もかかる治療になりそうです。

今回は、体調も良くて、もしかしたらこのまま再発はないのではないかと、期待していたこともあり、本当にショックでした。しかも4カ月の入院なんて、想像しただけで、絶望的な話です。仕事も制限されるし、暗い入院生活が、長期になることは、厳しい話です。

やはりこの白血病という病気は、そう簡単には治らない病気であり、一生治らないと思った方が、気が楽なのかも知れません。まだ頭の中で整理できない部分もありますが、少しずつ対策を考えて行こうと考えています。

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2016年02月01日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第366号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第366回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.96>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は、岩手県宮古市田老です。東日本大震災の復興になればと、蕎麦店「はなや蕎麦たろう」を開いた小林智恵子さん(54歳)とサポートする夫の徳光さん(55歳)が主人公です。

智恵子さんは、田老で消防士をしていた徳光さんと結婚、子育てと家事を両立させながら平穏な日々を送っていました。しかし、震災によって自宅は流され、仲間と野菜作りをしていた畑は塩害になりました。気持ちが塞いでいた仲間を見て、お二人は「畑に白い花が咲いたら綺麗じゃないか」と、動き出しました。

2014年、畑の土を入れ替え、仲間とそばの種を撒き、白い花が畑一面に咲きました。採れたそばの実を使い「田老の蕎麦」を提供する店を始めようと決意し、2015年10月、漁港の近くに建つ小屋を借りて「はなや蕎麦たろう」をオープンしました。

田老・野原地区にある「はなや蕎麦たろう」は、地元の主婦二人と一緒に平日のみ営業しています。メニューは、田老産のそば粉を使ったかけそばとざるそばの二種類のみです。そして、おにぎりと稲荷寿司、天ぷらと温泉卵などの小鉢が並んでいます。

このお店の特徴は、特別な機械で蕎麦を打っていることです。注文が入ると、一人前ずつ塊にした生地を筒状の機械に入れて、鍋に直接、麺を押し出して茹でています。評判は上々で、お昼時にもなると、お客さんで店内はにぎわっています。

一緒にそばを育てている仲間が小林さんの自宅に集まりました。そばの実を収穫した時に、混ざってしまった茎の部分や小石を取り除く作業を行います。ふるいにかけたり、目で確認しながら選別していきます。そして、そばの実を、智恵子さんが機械を使って、少しずつ細かく挽いていきます。沢山の人の協力があって出来た、田老産の自慢のそば粉。そのそば粉を使って作った蕎麦は、香りがよくて美味しいと人気です。

この日、自宅が流された跡地を訪れた小林さんご夫婦ですが、ここで新たにお店を建て、「はなや蕎麦たろう」をオープンしようと考えています。設計図を見ながら「ここはカウンター、あそこにはテーブルを置いて」と夢を膨らませるお二人は、皆が集まれる場所にしていきたいと考えています。三陸に桜の季節が訪れる頃、オープン予定の新たなお店。ここには、智恵子さんと徳光さんの思いがいっぱい込められています。

震災後の復興はとても大変だと思いますが、ぜひ自宅があった土地で蕎麦屋さんをオープンさせていただきたいと考えています。

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◆編集後記

先週は、第一生命の法人部時代に、お世話になった取引先の方と、久しぶりに会いました。

ある有名なレストラングループの株を第一生命が持っており、その担当となった時に、窓口になった方で、経営者保険などを提案したのですが、商品的に優位性がなく、最後は会社の車の自動車保険には、お付き合いをしていただきました。

株主総会をレストランで開催するので、何店舗か行くことができ、洋食だけでなく、エスニック料理や和食のいろいろな店を展開していましたので、家族と食べに行っていました。よく社長が家族を連れて食べに来ていたことが印象的でした。

その担当者の方は、会社を退職して、飲食業のコンサルタントになるといので、一度再会して相談を受けたことがありました。私は行政書士をもやっていたので、アドバイスをした記憶があります。

その後お会いしていませんでしたが、私が病気で倒れた後に、その方もリンパ腫に罹り、非常に苦しい思いをしたことが年賀状に書いてあり、その後また再会することとなりました。

私より10歳は下ですので、元気でしたので、突然体がだるくて動けなくあり、病院に行っても、すぐには原因がわからなかったそうです。再検査をしていくうちに、リンパ種であることがわかり、数か月入院をしたそうです。

その方の偉いのは、自分で食生活を改善して、自分でパイナップルから酵素を作り、飲み続けていることです。果物で体が治ったと言っていました。私の一度いただきましたが、どうしても続けることができず、信念がないと思いました。

今回お会いしたら、これも有名なレストランのアドバイザーをしているとのことで、その新宿店で食事をしました。私も最近、経堂店にたまに食べに行くので、驚きましたが、その店は、昔と比べると素材がよくなっており、美味しいと感じていましたので、納得しました。

創始者は、カンブリア宮殿に出た記憶があり、今は2代目の経営者となっているそうですが、どこの店も混んであり、いいレストランだと思っています。

春日部の創業支援ルームで飲食業の方が入居したら、ぜひアドバイザーとして来ていただきたいと考えています。
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2016年01月25日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第365号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第365回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.95>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、見渡す限り白銀の世界、北海道帯広市が舞台です。この地で、週末営業のパン店「Sweet Kitchen(スイートキッチン)」を営む齋藤朱美さん(59歳)と夫の祥司さん(61歳)が主人公です。夫婦それぞれに冬ならではの北海道暮らしを楽しんでいます。

転勤の多い祥司さんと共に、北海道を始め日本各地で暮らしてきた朱美さんは、リタイア後は北海道でゆったり過ごしたいと、帯広市の家を購入しました。2009年、まずは朱美さんが東京に祥司さんを残し、単身で移住しました。3年前には趣味のパン作りが高じて、自宅でベーカリー「Sweet Kitchen」をオープンさせました。そして去年3月、祥司さんが定年退職を迎え、念願の夫婦水入らずの暮らしがスタートしました。

週末の早朝4時から朱美さんのパン作りが始まります。自宅の一角で営むパン屋さんは週末のみの営業。楽しみに足を運んでくれるお客さんの為に、少しでも沢山の種類を準備したいと朱美さんは頑張っています。この日も、イングリッシュマフィンやフォカッチャを始め、10時30分の開店までに15種類の棚いっぱいのパンを焼きあげました。

帯広市の街中から車で30分ほどの場所にある「Sweet Kitchen」ですが、営業日には多くのお客さんが来店します。ご近所さんも多いですが、最近ではお店の評判を聞いて遠方からやって来るお客さんも。朱美さんはそんな皆さんのために、お店の真ん中に大きなテーブルを置いています。パンを買うだけでなく、ここでお客さん方にゆっくりしてもらい、一緒におしゃべりを楽しむ。これが朱美さんの大きな楽しみの一つなのです

退職を機に、去年の4月から帯広市で暮らし始めた祥司さんは、マキ割りや保存食作りなど、寒さ厳しい北海道では越冬するために様々な仕事があります。

でもそれらはみんな、祥司さんにとっては趣味のようなもので、すべてを楽しんでいます。この日は、地域の仲間たちとカレイの飯寿司作りです。米とカレイと野菜を何層にも重ねて敷き詰めて作る飯寿司。重しをのせて40日ほど発酵させると食べごろになります。地元に伝わる郷土の味です。出来上がるのをゆっくり待つのも、楽しいものです。

夕刻に齋藤家にご近所さんが集まりました。皆さん料理を持ち寄り、テーブルの上は御馳走で一杯に。時折こうして、食事会を開いています。祥司さんが仲間と作ったチーズやウインナー、さらにじゃがいもなど北海道の恵みが中心です。こんな日の食卓は、おしゃべりと笑顔が絶えません。祥司さんより6年早く移住を果たした朱美さんは、一人で沢山お友達を作って、交流を深めてきたからこそ絆が生まれた仲間たちです。祥司さんも朱美さんのおかげと、感謝しているそうです。

今回の舞台の帯広は、自然の風景が素晴らしく、私も20代で、釧路に転勤になり、帯広も行ったことがあり、懐かしさがこみ上げて来ました。そして定年を迎えた男性陣の保存食を作る集まりが大変羨ましいと思いました。やはり北海道もいいですね。

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◆編集後記

先週は、埼玉県のインキュベーション施設の協議会の会議が、昨年新しくできた川越市にできた「ウェスタ川越」で開催されて参加しました。

このウェスタ川越は、埼玉県西部の県の総合施設であり、私がいる東部地域振興施設の西部版となります。大きな敷地には、総合商業施設のショッピングセンターとこのウェスタ川越があり、大きなコンサートホールの他に、商工会議所などの県や市の商業関連機関などが入居しています。また大ホールの天井の上の5階に、創業支援施設があり、全部で25の部屋があります。

素晴らしいのは、1人用のブースでも個室タイプであり、グループ用の部屋も2、3人用ですが、広さは春日部の個室と同じ広さがあり、非常にゆったりしています。

入居者の顔ぶれも、春日部と同じようにコンサルタント系の方が多く、税務会計の事務所は、4つもありました。また専門サービスとして広報、撮影、コミュニティ作りなどの会社も入居しており、またモノづくりの会社もあるなど、業種も豊富で、非常に面白いと感じました。

来月には、春日部の入居者と川越の入居者との交流会も予定されており、非常に楽しみです。

posted by 國井 正 at 08:57| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月18日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第364回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.94>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は三重県伊賀市です。趣味のミニチュア作りをしながら、日々の暮らしを楽しむ川本倫栄(みちえ)さん(66歳)と夫の光治さん(68歳)が主人公です。

編み物講師の仕事を辞め、子育てと家事に専念していた倫栄さんは、旅行先で見た「ドールハウス」に興味を持ち、自己流でミニチュア作りを始めました。最初に作ったのは、昔懐かしい昭和の町屋です。洋裁や手芸が好きで手先が器用だった倫栄さんは、すっかりミニチュアに夢中になり、家事の合間に作品を作り続けました。ミニチュアの数が増え続け、当時暮らしていた奈良県の家は作品で溢れかえっていました。そこで、ミニチュア作品を展示出来る家を探し、見つけたのが伊賀市の蔵のある家でした。そして9年前、光治さんの定年退職を機に、奈良県から移住しました。

倫栄さんの作品は「給料日の食卓」や「農家の冬支度」といった物語が小さな世界に描かれ、見る人の心を和ませます。

蔵には、ミニチュアの展示スペースと、作品作りに没頭する工房があります。蔵には、100点以上のミニチュアが展示されています。一つ一つストーリーを考えながら、ミニチュアを作る倫栄さん。「お給料日」というテーマの作品は昭和30年代をイメージした二階建ての町屋です。卓袱台の上に給料袋、奮発したすき焼きなど、当時の情景を再現していて温もりに溢れています。

この日は蔵に見学のお客さんがやって来ました。「ずっと見たかったので、ようやく来ることが出来ました」と喜ぶお客さん。倫栄さんの作品には、人を惹きつける魅力がつまっています。

小豆が取れる時期におはぎを作る倫栄さん。沢山作ってご近所さんにおすそ分けです。24世帯が暮らすこの地域では、食べ物を分け合ったり、地域の活動を手伝うなど、昔ながらの暮らしが今も残っています。

一方、光治さんは趣味の鉄道模型を楽しんでいました。勤めていた頃は仕事に追われ、のんびり出来る時間もありませんでした。移住してからは今まで出来なかったことをしたいと考えています。ようやく田舎暮らしにも慣れてきた光治さん。これからは、やりたいことをどんどんやっていきたいと張り切っています。

地元の小学校を訪れた川本さんご夫婦は、年に一度開かれる地域の文化祭で作品を展示することになりました。今回で5度目の参加ですが、多くのお客さんが倫栄さんの作品を心待ちにしていました。「時代背景が思い浮かぶ、今年も作品を見ることが出来て幸せ」と訪れた主婦が笑顔で語っていました。「ミニチュアに出会えて良かった。これは私の武器」と倫栄さんは語ります。これからも、見る人が笑顔になるようなミニチュアを作り続けようと、決意を新たにした倫栄さんでした。

このような趣味があり、それが仕事になることは、本当に幸せですね。

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◆編集後記

10月から借りている「アグリス成城」は、貸農園ですが、最初はお試しのプランで、最初からブロックリー、カリフラワー、大根、白菜、ネギが植えてありました。空いている場所に小松菜、ほうれん草を植えてみましたが、小松菜はできたのですが、ほうれん草は、うまくいかなかった感じです。あまり日照条件がよくなかったので、場所を変えたいと思っています。

2月は、休園として3月からスタートするのに、今度は、自分で作るものを決めて、プランを作ろうと思っています。そこで日曜日に、場所の移動の抽選があるというので、9時に間に合うように、農園に行きました。

すでに30分前だったので、もう長い列ができているかと思っていましたが、誰も並んでなくて、拍子抜けでした。少しすると外国の人がならんできたので、少し話すことができました。

彼は、日本に18年も住んでいるそうで、日本がペラペラでした。カナダの出身で、家に畑があり、日本に来ても、いつか野菜作りをやりたいと思っていたとのことで、1年前からお試しで、小さい区画からスタートしたそうですが、今度は大きな区画が欲しいと思ったそうです。

その人は、できれば外国で作っている野菜を作りたいと思っており、興味深い話でした。実は私も今度は、一般的な野菜ではなく、あまりスーパーで売っていないような野菜を作りたいと思っていたので、参考にしたいと思っています。

すでに植えてあったカリフラワーも白だけでなく、オレンジやパープルのものもあったので、ピクルスにして食べていますが、同じカリフラワーでも、色が違うものは、非常に楽しみでしたので、そのような野菜を作りたいと思っています。

今度は、日照条件のよい広い場所を確保できましたので、計画を立てようと考えています。新しいことに挑戦することは、本当に楽しいと思います。

posted by 國井 正 at 17:52| 東京 ☔| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月11日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第363号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第363回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.93>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は大分県豊後高田市です。移住先として人気のある豊後高田市に、娘夫婦と3人の孫の総勢7人で移住した中原重利さん(69歳)と妻・久美子さん(65歳)が主人公です。

大阪市出身の重利さんは、大阪府守口市で金属加工の工場を営んでいました。夫婦二人で働きながら、3人の女の子を育てます。田舎暮らしに憧れを抱きつつも、移住となると中々、勇気が出ませんでした。

2013年、三女から「家族で自然が豊かな所で暮らしたい。一緒に行かない」と相談され、移住を決意しました。40年続けた工場を閉め、2014年10月、豊後高田市に移住しました。「おやつよ〜」と呼べば、3人の孫がやってくる、そんな大家族の賑やかな田舎暮らしです。

家族7人が移住した借家は、300坪の敷地内に母屋と離れがあり、ご夫婦2人は離れ、娘の家族5人は母屋で暮らしています。家賃はなんと母屋が2万円、離れが1万円です。敷地内には小屋も付いています。重利さんは、金属加工の工場で使っていた工具類を持ち込み、農器具の修理や様々な小物を作っています。

移住後、重利さんは久美子さんと初めて野菜作りに挑戦しました。畑の師匠は近くに住む宇野スミ子さん、76歳の元気なおばあちゃんです。苗作りから肥料、野菜の育て方まで教わっています。収穫した野菜はもちろん食卓に並び、孫たちもモリモリ食べてくれます。

豊後高田市には、昭和30年代の町並みを再現した「昭和の町」の一角に、三女のひとみさん夫婦が去年3月にオープンした惣菜の店「からあげ壱気」があります。豊後高田市には唐揚げのお店がたくさんあり、それぞれのお気に入りの味があるとか。ご夫婦が育てた野菜は、店の惣菜にも使われています。

温泉が大好きなご夫婦は、半年前、市が小さな温泉施設の管理者を募集していることを知り、これは願ってもないチャンスとアルバイトをすることにしました。ご夫婦が働く「海門温泉」はくにさき六郷温泉の一つで珍しい茶色の温泉です。湯張りから掃除、受付などが仕事です。一段落すると、交代で温泉に浸かります。これがご夫婦のなによりの楽しみ。

親子3代で田舎暮らしという選択は、非常にいいことだと思います。子供も自然環境のいい場所で育てているのは、羨ましいことです。

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◆編集後記

先週の3連休は、特にこれといって出かける用事もないので、犬を連れて、芦花公園と砧公園に遊びに行きました。

芦花公園には、ドックランがあり、犬とのふれあいを体験できます。犬も社交性が必要なので、いい刺激になると思います。公園そのものは、そんなに広くないので、あまり長い時間はいられない公園です。

砧公園は、ドックランはないですが、とにかく広大な敷地なので、1週するだけでも1時間程度かかってしまいます。またバードウオッチングする場所があったり、犬と遊べる場所もあるので、ゆっくりします。

また敷地内にある美術館のテラスがあり、そこは犬と食事もできるので、暖かい日には、最高の場所です。やはり砧公園がいいということになりました。

昼間は、とても暖かい日が続いているので、のんびりした連休でした。
posted by 國井 正 at 15:53| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月04日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第362号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第362回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.92>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回は、私が第一生命に勤めている時に知り合った同僚で、現在東京を離れて、自然溢れる環境で生活している二組のご夫婦を紹介いたします。

1組目は、私が新宿南支社の支部長をしている時に、同じ支社で支部長をしていた同じ年の同僚です。彼は、結婚していましたが、子供はなく、犬ポメラニアンを愛する人で、趣味は釣りでした。奥さんは宮古島出身ですが、東京で働いていました。

奥さんの母親が宮古島にいるので、ゆくゆくは宮古島に移住する予定であり、私より少し後で、第一生命を辞めて奥さんの実家に移住しました。そして実家を改築して、民宿を作り、同時にマンゴー作りを初めました。

民宿は、第一生命に勤めていた仲間が良く利用しており、私も昨年、宮古島に遊びに行き、毎日自動車で島を案内してもらい、宮古島を堪能しました。

夏はマンゴー作り、冬は釣りと自然と付き合いながら、愛犬のポメラニアン3匹と暮らしています。たまに東京に出てきますが、宮古島が自分に合っているそうです。

もう1組は、私より2年後輩ですが、私とほぼ同時期に、同じFP営業部を辞めて、以前から所有していた山梨県北杜市にある別荘に移転し、世田谷にあった自宅は売却していまいました。北杜市には、別荘を2つ所有していましたが、現在は1つを売却して、新しい自宅を建築してそこに住んでいます。

5年前くらいに一度別荘に泊めていただきましたが、やはり子供さんがいなのこともあり、犬と猫数匹に囲まれて暮らしています。近くに畑を借りて、農業もしており、優雅な生活を送っています。

2組の夫婦は、それぞれの人生を楽しんでおり、「人生の楽園」で生活しています。いつも羨ましいと感じています。

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◆編集後記

3日の日曜日は、親族の新年会があり、1年に一度しか会わない親族もあり、楽しい時間を過ごしました。

もともとは、家内の両親が健在の頃は、毎年のクリスマスやお正月には、お世話になっていました。数年前に義理の父親が他界してからは、母親を囲む会として、外で新年会を開くようになりました。

今回も家内の兄弟とその子供、最近は子供も結婚しているので、その家族も集まるので、非常に賑やかです。毎年集まっていると、小さい子供の成長が楽しみになって来ます。

國井家も3人の子供が結婚したので、孫が3人できてしまいました。まだ三女は、結婚しましたが、子供はいないので、さらに孫が増えていきそうです。

時代の流れを感じるのは、このような集まりがあり、それを何代にも受け継がれているときです。義理の母親が元気なうちは、このような集まりを続けていきたいと思っています。
posted by 國井 正 at 09:02| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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