2016年10月17日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2第403号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第403回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.132>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上
がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います


今回は静岡県浜松市が舞台です。自然豊かな浜松市天竜区で家具工房とカフェをはじめた山口誠二さん(68歳)と妻・孝子さん(67歳)が主人公です。

浜松市で生まれ育った誠二さんは、大学を卒業後、東京の会社に就職しました。しかし満員電車に揺られ通勤する忙しい日々に嫌気がさし、地元に戻り半導体メーカーに再就職しました。私生活では2つ年下の孝子さんと結婚し、女の子が生れました。

日曜大工が趣味だった誠二さんに転機が訪れたのは50歳の時。友人が木工を教える工房を開いたのがきっかけでした。「自分も自然豊かな土地で、大好きな木工をやりながら暮らしたい」と考えるようになり、63歳の
時に早期退職を決意します。その後、奈良県の職業訓練校で1年間木工の基礎を学びます。そして2014年、手作り家具工房「Studio Maestro(スタジオ・マエストロ)」と「Caf? Maestro(カフェ・マエストロ)」をオープンしました。月曜日から金曜日は家具作り。誠二さんが作る家具は曲線が多く、レトロカントリー風の素朴なデザインが特徴です。

土曜日と日曜日は家具工房がカフェに変身します。人気メニューは5時間かけて作る自慢のオリジナルカレーは、土日の2日間でわずか5食の限定メニューです。

一方、自宅などで歌の指導をしている妻の孝子さんは、友人や知人に誠二さんの家具をPRしてくれます。自宅にある家具を見て、注文してくれるお客様もいらっしゃいます。

この日、誠二さんは子供用のイスを納品するためお客様の元を訪ねました。イスを頼んだお蕎麦屋のご夫婦は、その出来栄えに大喜び。お客様の笑顔に、またヤル気が湧いてくる誠二さんでした。

妻・孝子さんの友人からイスの注文が入り、デザインの打ち合わせです。デザインは一発OKでした。注文はイス4脚です。早速工房に戻り作業に取り掛かります。完成が待ち遠しいです。

この日は天竜区の移住者仲間の集い「山人(やまびと)の会」です。誠二さんは移住ではありませんが、年齢も仕事も様々な人との交流を楽しんでいます。特に若い移住者からは様々な刺激を受け、新たな創作意欲が湧いてくるそうです。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.10 NO.29

今週は、熱も落ち着き、白血球は、3700まで上昇しました。少し体が、動かせるようになったので、シャワーを2週間ぶりにあびましたが、足元がふらついて大変でした。

1カ月以上歩いたりしてないので、現在は、看護師や妻に一緒に歩き始めました。筋力がいかに弱っているかを実感しました。また肺や体に水が、溜まっており、利尿剤などを使って水を抜くようにしています、

またここまで白血球の値が上昇すると、現在のクリーンルームを出されてしまいます。また大部屋へ戻ると考えると不安です。クルーンルームは、清潔で、トイレもついており、テレビも見放題です。この生活から離れ
るたくないですが、しょうがないですね。


posted by 國井 正 at 11:32| 東京 ☀| Comment(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月03日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」401号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第401回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.130>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している
人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います

歴史的な建物が多く残る富田林市寺内町で喫茶店を始めた林和子さん(70歳)と正友さん(73歳)が主人公です。

大阪府出身の和子さんと正友さんは大学卒業後、同じ大阪府松原市内の中学校で教壇に立ち、20代の時に結婚しました。教員として60代半ばまで忙しく過ごしたお二人。3年前に寺内町を訪れ、ゆったりとした町並みが気に入り、移住することにしました。さらに、人と関わって楽しく過ごすために喫茶店を開

お客さんにくつろいでもらえるように、店内は普通の家のような内装になっています。店の自慢は家庭科の先生だった和子さんが作る日替わりランチ。添えられたピクルスは正友さん手作りです。お店には近所の方や友人、そして二人の教え子たちもやってきます。正友さんが50年前に初めて受け持った生徒は、今では60代。移り住んだ寺内町の良さを知ってもらいたいと、かつての教え子たちを連れて町を案内しました。寺内町で年に1度開催される「富田林寺内町燈路」では、夫婦で行燈を作って参加しました。これからも積極的に町に関わっていきたい、と正友さんは言います。和子さんは、この夏からパン教室を始め、より多くの人との交流を期待しています。

お客さんにくつろいでもらいたいと、店内の内装は普通の家のリビングのようになっているんです。初めて訪れるお客さんは入るのに戸惑ってしまいます。お店の自慢は家庭科の先生だった和子さんが作る日替わりランチ。添えられているピクルスは正友さんが作るこだわりの味です。お客さんには料理も会話も楽しんでもらいたいと思っています。

この日、正友さんが初めて教壇に立った中学校の教え子たちがお店にやってきました。50年来の付き合いです。正友さんはそんな教え子たちに寺内町の良さを知ってもらうため、正友さんが町案内をしました。町には「越し屋根」や「忍返し」などの伝統的な建築様式が至る所で見られます。

より多くの人との交流を期待して、和子さんは今年の夏からパン教室も始めました。今回の生徒さんは大阪府内に住む友人。皆さんパン作りは初めてですが、和子さんの説明を聞きながら楽しんでミニ食パンを完成させました。生徒さんが「美味しい」と喜ぶ顔を見て和子さんも嬉しそうです。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.10 NO.27

先週1週間は、ずっと8℃から9℃台の高熱が続いており、実は今は9.3℃の熱がある中で必死に書いております。

日曜日の検査で白血球は、300までやっと上がりましたが、先週は100しかない状況です。この状態は黴菌がいれば、どんどん受け入れてしまう状況で、自分で菌を体内のいれないよう、起きれば、うがい薬、歯ブラシ、朝食後にまた歯ブラシ、昼食、夕食後も歯ブラシで、とにかく口内をケアしています。

後はひたすら冷凍になったジェルを数時間置きに取り替えて、ひたすら寝るだけです。


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2016年09月26日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第400号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第400回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.130>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います

今回の舞台は神奈川県箱根町です。箱根旧街道の側で喫茶店を営む方をご紹介します。

神奈川県箱根町で喫茶店「山小屋佐藤」を営む佐藤昭男さん(64歳)です。神奈川県小田原市で生まれ育った昭男さん。趣味の登山で出会った眞里さんと23歳の時に結婚し、二男一女が生まれました。登山好きで森林での生活に憧れていた昭男さんは子育てが落ち着いた頃、早期退職を決意しました。

退職後、自然に溢れた土地を探し始めました。箱根町に土地を購入し、植物が生い茂る自然を残しながら山小屋を建築し、箱根で生活を始めると、ご近所さんたちに敷地の木々や野鳥の説明をするようになり、いっそのことお店にしようと2008年10月「山小屋佐藤」をオープンしました。

お客様をもてなしながら営業していましたが、眞里さんが癌と診断され63歳で亡くなってしまいます。眞里さんが亡くなり塞ぎがちだった昭男さんでしたが、町の友人たちの励ましによって、再びお店を開くようになり、改めて箱根町での暮らしを楽しんでいます。

約370坪の土地は、購入した当時のままの自然を残している「山小屋佐藤」です。木々が生い茂る庭には、様々な野鳥が遊びにきます。ヤマガラやヤマバト、ガビチョウに加えてキジも時々姿を現します。そんな箱根の自然が溢れる小さな森の中で、美味しいコーヒーを楽しめると日々、様々なお客様がやってきます。

箱根町の観光美化パトロール隊の隊員をしている佐藤さんは、この日は、地域の隊員たちと芦ノ湖の湖畔から駒ヶ岳山頂へパトロールをします。路上に落ちているゴミを拾いながら、危険な場所がないかチェックしていきます。箱根駒ヶ岳ロープウェーで山頂に上がり、周囲の確認を行います。これからも歴史と自然が残る箱根町にしていきたいと、佐藤さんは活動に力を入れています。

箱根に370坪の土地とは、羨ましい限りですが、奥様が健在でしたら、二人でいい喫茶店ができたと思いますが、仕方がないですね。


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◆編集後記

白血病闘病記2016.9 NO.28

先週クリーンルームに入れたことは、報告しましたが、キロサイトの大量投与が終わって2日目で、すでに白血球の値が、300となりました。従来はもう少し数値が下がってくるのが、遅いのですが、相当骨髄がくたびれているようです。

翌日には、白血球が100未満に下がり、いよいよ無防備状態に入ってきました。2日儀にはいよいよ熱が出てきました。今回は37℃台で止まっているのでですが、週末には38℃台になりました、くらくらする感じはありませんが、前回は2週間程度高熱が続きましたので、予断を許せない状況です。


今回は、担当医師も前回の高熱を踏まえて、早めに抗生剤を投与していただいたいるので、何とか抑えられている感じがします。後は、いつ白血球が、上がってくるかを待つのみです。
posted by 國井 正 at 08:47| 東京 ☀| Comment(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月19日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第399号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第399回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.129>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は、美しい自然に囲まれた岡山県美作市です。自宅の畑で採れたて自家製野菜を使ったレストランを始めた福田昌弘さん(64歳)と妻の範美さん(61歳)が主人公です。

岡山県出身の昌弘さんは大学を卒業後、小学校で先生として働いていました。28歳の時に大学の天文サークルで出会った範美さんと結婚、2人の子供が生まれます。元々兼業農家の家に生まれ、仕事をしながら野菜作りもしていた昌弘さん。レストランを始めるきっかけになったのは50代の時でした。同年代の仲間との飲み会で、定年後の話をしている中で「お店でもやってみたらおもしろいのでは」と考えるようになったといいます。

定年を迎え、本格的にレストラン開店を決意したご夫婦は、資格取得や自宅の改築など必要な準備を整え、2015年11月、念願だったレストラン「農園キッチン プンゲンス」をオープンしました。

福田さんご夫婦が営む「農園キッチン プンゲンス」は、お二人が育てた野菜を中心に、自家製にとことんこだわったレストランです。ほとんどの料理が自家製食材、中でもこだわりは古代米の黒米です。お客様のテーブルにはお品書きが置いてあり、そこには外部食材を明記するなどご夫婦の思いが伝わってきます。

プンゲンスではお客様に出すお品書きを保管し、リピーターのお客様が次に来店したとき、なるべく違った料理を食べて欲しいとメニューを少しずつ変えるようにしています。ご夫婦の心遣いは料理以外のところでも垣間見えています。

レストランを始めて以来、ご夫婦のもとには昔の知り合いや友人から連絡が来て、お店に遊びに来てくれることが増えたといいます。プンゲンスをきっかけに懐かしい人たちとのつながりを確認し、新しい世界も広がっていると日々実感しています

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◆編集後記

白血病闘病記2016.9 NO.27

先週入院した部屋は、またも6人部屋で、しかも真ん中のベッドであり、前回入院の悪夢が蘇って来ました。中には寝たきりの方もいるし、音も出せないので、非常に気を遣います。また白血球の値が下がって、免疫力がなくなると大部屋は、非常に気になります。

今回は、担当医師にクリーンルームの空き状況を確認したら、前回よりは、改善されているが、本来は、移植患者の部屋で優先順位があるので、無理ではないかと言っていたあのですが、丁度いいタイミングで空きができてまだ数値は低くなっていないけれど、先週の土曜日にクリーンルームに入れました。

広い部屋で、トイレも洗面所もあり、非常に快適です。大部屋だと、自分で部屋の温度を調節できませんが、個室であれば快適な温度に保つことができ、おじさん達のいびきや咳からも解放されるので、安心です。

先週も、2組の見舞客が来ていただきました。1組は、春日部の創業支援ルームに最初に入居したイラストレーターの女の子で、私や他の入居者の名刺やポスターなどを制作してくれていましたが、結婚して自宅で仕事をしています。ご主人も非常にいい方で、一緒に根津神社のつつじ祭りに、行くそうです。

もう一人は、中学高時代の友人で、生命保険会社をリタイヤして、大田区の児童公園で週3日程度働いていますが、健康的でいい仕事だと思います。彼も長いこと音楽活動をしていましたが、今はだんだん厳しくなって、聴く方に回っているそうです。その日も大塚のライブハウスで、ロックのコンサートがあり、出かけるそうです。年も一緒なので、夫婦や子供の話もいろいろ共通する部分が、興味深い話となります。


今週は、どこかで白血球が下がる時期が来るので、今から戦々恐々としていますが、覚悟して行くつもりです。
posted by 國井 正 at 12:04| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月12日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第398号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思
いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第398回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.128>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は石川県珠洲市です。のどかな山間で代々受け継ぐ古民家を使い、農業体験が出来る農家民宿「古民家 奈良木」を始めた奈良木美津子さん(68歳)が主人公です。

珠洲市出身で、四人姉妹の三女に生まれた美津子さんは奈良木家の跡継ぎとなり、隣町に住んでいた船員の延夫さんを婿にとりました。市役所勤めをしながら3人の子供を育てます。1999年、大学生のグループから「かやぶきの屋根に泊まって稲刈り体験がしたい」と市役所に依頼がありました。奈良木家に宿泊した学生たちは、とても感激して帰りました。その事をきっかけに、農業体験や田舎暮らしを通して、色々な人とのふれあいを持ちたいと思うようになりました。

そして2009年、美津子さんは定年退職後に自宅をほぼそのまま活用し、農家民宿「古民家 奈良木」を始めました。宿の目の前にある田んぼで田植えや稲刈りはもちろん、季節ごとに様々な田舎暮らしを体験をすることができます。宿の料理は、美津子さんと夫の延夫さんが作った米、親戚や近所の方々の畑で採れる旬の野菜、そして奥能登の漁師さんから頂く海の幸を使った田舎料理でもてなします。昔から自分たちが食べていた料理が、お客さんに喜ばれています。

実りの秋を迎え、田んぼでは稲刈りの準備を進めています。米作りに関しては夫の延夫さんが主役で、美津子さんは補助です。稲刈りを前に、ご夫婦は刈り取った稲を吊るして乾燥させるための「稲架」を作ります。「稲架」で干した米のほうが甘みがあると美津子さんは言います。多くの人に自慢の米を届けたいと、ご夫婦は笑顔で話します。美津子さんが主役となって頑張っているのは、赤い屋根の自宅で開いた農家民宿「古民家 奈良木」です。先祖代々続く古民家は、歴史を感じさせる重厚な造りで、宿泊は座敷など4つの部屋を自由に使えます。土間も広々として風格があります。古民家は、「書き物はないから証明できないけど、築300年程だそうです」と美津子さんは話します。

「古民家 奈良木」には、決まった体験プログラムがありません。その季節に合った、田舎暮らしを楽しむというコンセプトで、お客様の要望に応えています。夏は、昔ながらの天日干しでの梅干し作りです。これは「土用干し」と呼ばれる作業で、梅を3日間天日に干しますが、3日目は外に出したまま夜露に当てます。そうする事で柔らかくて美味しい梅干しになるんです。今ではあまり見られなくなった農村の風景です。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.9 NO.26

土曜日に病院から連絡がある、予定どおり今日から最後3クール目の入院をします。朝はできるだけ、歩くようにして体力づくりに努力しましたが、今回は体重は戻らなく、その成果筋力も不足している気がしますが、潔く入院します。

先週は、2人の友人と経堂でランチをしました。現在は、お酒は殆ど飲んでいないので、夜はお断りしてランチをお願いしました。

1人は、世田谷区の料理教室の仲間であり、同級生で経堂に住んでいるので、よく一緒に飲みに行くのですが、今回は、ランチ&喫茶です。奥様は仕事をされていたので、夕食はいつも家族のために作っている偉い方です。同じ金融機関出身ということもあり、話も合います。次回は、夜に退院祝いをしようという話になりました。

もう1人は、中学の同級生で、大学も同じなのですが、久しぶりに同窓会であって、成城学園に住んでいることもあり、やはり二人でよく飲みにいきます。また彼から自分が理事をしているNPO法人の仕事も紹介してもらっているので、少し気を遣う存在ですが、やはり金融機関出身なので、話も合います。

同じ地域にいる友人は、これから非常に大事な存在になると思います。ランチもよし、夜に飲みに行っても歩いてかえる距離だったら安心です。

お二人に励まされて、入院生活を、再度頑張る気が出てきました。

posted by 國井 正 at 09:36| 東京 ☀| Comment(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月05日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第397号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第397回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.127>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は、大分県の南西部、豊後大野市にある山深い里、鳥屋地区です。故郷おこしをしようと東京から単身で豊後大野市鳥屋地区にUターンし、養蜂を始めた羽田野弘文さん(63歳)が主人公です。

地元出身の弘文さんは進学を機に上京、東京の旅行会社やイベント会社で働きました。妻の弘子さんと27歳の時に結婚し、お盆やお正月には必ず家族と共に帰省しましたが、その度に、母校が廃校になったり空き家が増えたりと、寂しい話を耳にします。「故郷を何とかしたい」強くそう感じた弘文さんは、村おこしをする方法をあれこれと考えます。そして、これだと思ったのが、蜜が希少といわれるニホンミツバチの養蜂でした。2013年、家族を東京に残し単身帰郷した弘文さんは、養蜂をスタートさせました。

ニホンミツバチは、1年かけて様々な花々から蜜を集めて来るため、奥行きある深い味わいを持つ蜜になると言われます。最近では、弘文さんに賛同して村おこしの活動に協力してくれる仲間も現れました。この季節は年に一度の採蜜の時期。弘文さんの一番の理解者である妻・弘子さんも手伝いに東京からやってきます。

養蜂場にやってきた弘文さんは、巣の状態を確認します。蜜がほとんどたまっていないものや、蜂たちが蜜を溜めている途中できらきら光っているものなど状態は様々です。その中でも白くミツロウでフタがされている巣は、採蜜のタイミングです。蜂たちは花から蜜を集め、巣に蜂蜜を溜めていく過程で、羽で風を送り糖度を高めます。そして糖度が高くなった蜂蜜にフタをしていくのです。弘文さんは蜂たちに感謝しながら、蜂蜜を絞ります。

ある日、弘文さんの自宅に大勢のお客さんがやってきました。皆さんを連れてきたのは「大分和蜂倶楽部」会長、大神さんです。弘文さんも所属している、ニホンミツバチの養蜂を広めるための会で、この日は養蜂初心者へのレクチャーを開催しました。参加者の一人、羽田野元紀さんは弘文さんの地元の先輩です。養蜂で故郷おこしをしようと頑張る弘文さんの姿を見て、「手伝ってやろう」と養蜂を始めることになったそうです。

東京に暮らす妻の弘子さんが、弘文さんの元に来てくれました。一人で暮らす夫をねぎらって家事をこなし、さらに採蜜した蜂蜜の瓶詰め作業も手伝います。今年の蜂蜜の出来に、弘子さんも「美味しい」と太鼓判を押してくれました。実は最近、嬉しいニュースが。弘文さんの蜂蜜が「ふるさと納税」の返礼品に選ばれたんです。この夜、心のこもった手料理を何品も作ってくれた弘子さん。一人で町おこしに尽力する弘文さんを、心から尊敬しているそうです。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.9 NO.25

退院してから3週間が経過し、大分体調も良くなって来ました。毎朝の散歩のお蔭で、大分足の筋力も戻って来ました。先週の診察時に、旅行に行ってもいわれましたので、先週は1泊で、愛犬を連れて山中湖に行って来ました。

天気は、あまりよくなく富士山は見えませんでしたが、湖畔を散歩していると、最高の気分転換になります。忍野が近いので、夕飯は、豆腐やニジマスを食べて山中湖の味を堪能しました。忍野の豆腐は、水がいいので、すごく美味しい豆腐ですので、ぜひ試して見てください。

先週は、妻の妹夫婦が遊びに来てくれたり、次女の夫婦が犬を連れて来てくれたり、非常に忙しい1週間でした。あと1週間で再入院ですが、さらにリハビリを頑張って体力を回復させたいと考えています。
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2016年08月29日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第396号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第396回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.126>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、新潟県村上市が舞台です。日本海を望む民家レストラン「凪のてらす 仲(なか)」を営むに板垣和子さん(64歳)と夫の純一さん(64歳)が主人公です。

村上市の山間部で育った和子さんは、24歳の時に、村上市の海沿いにある碁石地区出身の純一さんと結婚し、碁石地区で暮らし始めました。そこで、近所のおばあちゃんたちが作る、碁石地区ならではの味に興味をもった和子さんは、郷土料理を学びイベントなどで振舞うようになりました。

昔から故郷を盛り上げたいと考えていた純一さんは、海に面した地元の食材と和子さんの料理の腕をふるうレストランを開こうと決意しました。和子さんも地域を盛り上げたいという純一さんの熱意に負け、お店をオープンすることに決めました。そして建て替えに伴って自宅の一部をレストランにし、2015年3月「民家レストラン 凪のてらす 仲」をオープンしました。お店では、和子さんが習ってきた地区の「味」を存分に楽しめる美味しい食事と、目の前に海が広がるロケーションが人気となり、たくさんのお客様が来店するようになりました。

「凪のてらす 仲」の客席からは、野菜が育つ家庭菜園のテラスと、そのテラスの向こう側に日本海が見えます。家庭菜園では、お店で使うカボチャやシソ、トマトなどを育てていて、営業日の朝に収穫しています。水やりは純一さんの仕事で、美しい花々や野菜を愛情込めて育てています。

厨房で調理を始めた和子さんが、作り始めたのは「しそ巻き」です。家

庭菜園で収穫したシソに、ゴマや上新粉などを混ぜた味噌を少し乗せて巻いていきます。巻き終わったら楊枝にさして、油でさっと揚げて出来上がりです。「凪のてらす 仲」で夏場にお出しする、人気のメニューです。

ご近所さんからレシピを聞いて、地元で昔から食べ伝えられてきた「せりやき」を試作した和子さんは、近隣の皆さんを呼んで試食会を開きました。昔から食べ親しんでいる料理なので、評価がどうなるか不安でしたが、皆さんから「美味しい」と合格を頂きました。もしかしたら、「凪のてらす 仲」の冬メニューに「せりやき」が加わるかもしれません。

海が見えるレストランは、絵になりますね。ご夫婦で協力して、このようなレストラン経営ができることは、素敵ですね。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.8 NO.24

退院してから2週館前に、病院に診察に行きました。白血球は、3100まで回復し、血小板や炎症反応も良くなっていました。しかし念のために胸のCTをとりましたが、肺炎の影もほとんど良くなっているそうですが、念のために菌を殺す薬など、他のいろいろな薬を再入院まで飲まなければなりません。

薬局で3週間分の薬をもらったら、限度額の薬代を請求されました。入院時でしたら、これだけの薬をもらっても入院費用と合算されますが、一度退院してしまうと、別に会計として計算されますので、高い薬は、負担となります。

また先週は、中央職業能力開発協会の主催する「従業員のキャリア開発の進め方セミナー」を受講しました。このセミナーは、協会が改定したキャリア形成支援ツールであるキャリア開発シート(CADS)と環境変化自己診断シート(CADI)というツールの活用方法などが、テーマでした。

まず講師の女性の講義が下手で、声が届きにくく、教材資料も工夫がなく、参考になるものではありませんでした。また4人のグループで情報交換もしましたが、ほとんどは、大手企業の人事部の人間であり、あまり情報を得ることはできそうにもありませんでした。

しかしこのキャリア形成については、以前雇用能力開発機構のキャリアコンサルタント講座を受けており、セミナーにも活用しているので、最新の情報を得ることができました。

あと再入院まで2週間となったので、仕事の片づけとリハビリを頑張ります。
posted by 國井 正 at 10:32| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第395回

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第395回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.125>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は、良質な水が湧き、美味しいお米の産地として知られる広島県北広島町です。この地で憧れだったマイホームを手に入れ、気ままなその日暮らしを楽しむ中島総明さん(66歳)と妻の洋子さん(67
歳)が主人公です。

中学を卒業後、「演歌の作詞家になりたい」と宮崎県から上京した総明さんは、アルバイトをしながら夢を追いかけていました。その後、結婚・離婚も経験し夢も諦めることになりました。27歳で防災設備の会社に就職した総明さんは、職場で出会った広島県出身の洋子さんと結婚し、やがて総明さんは独立し、二人は共に忙しく働く日々が続きます。そんな暮らしの中、洋子さんは「田舎で自分の家を持ってのびのびと暮らしたい」と思い始めます。総明さんも賛成し、お二人は洋子さんの故郷・広島県で家を探し始めました。そして北広島町の「空き家バンク」制度を利用し、現在の家を見つけたご夫婦は、2011年、東京から広島県へ移住を果たしました。

東京で暮らしていた頃は、6畳1間の狭いアパートだったお二人がマイホームを持ったら絶対やりたかったことは、「手足を思いっきり伸ばして、大の字で寝る」ことです。北広島町に移住して、5DKの大きな家を手に入れたお二人は、ごろんと広い畳の部屋に寝転がっては、幸せをかみしめています。

玄関を出てすぐの場所に、家庭菜園があります。総明さんは、きゅうりにトマト、ナスやジャガイモ、トウモロコシなど、いろいろな野菜を育てています。料理中、「何かもう一品欲しいな」と思った洋子さんは、早速総明さんがタターッと畑からキャベツを採ってきました。この日の昼食には、新鮮で美味しい野菜炒めが一品加わりました。なんとも贅沢な暮らしです。

中島さんご夫婦には、それぞれに違う楽しみがあります。総明さんは、暇さえあれば大工道具片手に自宅のリフォームを始めます。木工作業が得意で、これまでも同居するお母さん専用の物干し場を作ってあげるなど大活躍しています。庭に立派な池も作りました。ここでは洋子さんが、東京に居た頃から趣味だったメダカの飼育をしています。山の湧水にメダカを泳がせ、ふ化させては楽しんでいる洋子さんは、ある日、卵から稚魚が誕生する姿も目撃、これにはビックリです。

「空き家バンク」で古民家を購入したお二人に、家と一緒についてきた場所があります。山道を少し上がった所にある小さな土地は、だれも入っていない墓所でした。集落を一望でき眺めがいいので、お二人はここを「見晴らし台」と呼んでよく訪れます。気軽に来ることが出来るこの場所が本当に好きで、落ち着くと言うお二人です。

狭い東京を離れて、田舎の広い民家で、のびのびと生活している姿は、本当に羨ましいですね。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.8 NO.23

退院して1週間が過ぎましたが、最初は筋肉が落ちて歩くのも怪しい感じでしたが、少しずつ普通に歩けるようになって来ました。しかし退院時から体重が、毎日落ち始めて、頑張って食事をするようにしています。

しかし抗がん剤の影響で、味覚障害が出てきており、水が甘く感じて、はっきりした味覚が出ないので、味のはっきりした豚骨ラーメンを食べたら、体重も少し増え始めました。

先週は、二人の娘が遊びに来てくれましたので、久しぶりに気分転換ができました。やはり家族でいろいろ話している時は、幸せを感じます。治療が終わったら皆でワイワイ集まりたいと思います。

朝のウォーキングは、6時に起きて続けていますが、雨が朝から降っている日も多く、日中は暑くて歩けないし、途端に運動量が減ってしまうので、朝は晴れて欲しいと思います。最近の台風の動きは非常に複雑で、天気が不安定ですね。今週も雨のスタートとなりそうなので、嫌ですね。

9月の再入院までに、体調を戻したいと思いますので、頑張ります!


posted by 國井 正 at 11:44| 東京 ☔| Comment(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第394号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第394回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.124>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は、葡萄や桃の産地として知られる山梨県甲州市です。代々続く桃農家を継ぎ、桃の魅力を多くの人に知ってもらいたいと、今年の春から自宅で、「桃娘農園カフェ」を始めた堀川清美さん(52歳)が主人公です。

甲州市出身の清美さんは、3姉妹の次女として生まれました。夏休みも放課後も、畑を手伝う事が当たり前の子ども時代でした。地元の短大を卒業後、市役所に勤め、28歳で甲府市出身の会社員、敦さんと結婚し二人の男の子を育てます。

清美さんは、子育てや共働きの間でも、忙しい時期になると実家の桃農園を手伝っていました。その後、母が体調を崩し、一人で働く父の姿を見て、自分が桃畑を守ろうと一念発起します。2010年に後を継ぎ、父と二人三脚の桃農家になりました。そして今年、専業農家になって6年、たくさんの人に桃の美味しさを知ってもらいたいと、自宅のリビングを改装して、桃を使った料理や限定デザートを提供する「桃娘農園カフェ」を始めました。

専業農家になって6年の立派な桃を育てている清美さんに、美味しい桃の見分け方を教えてもらいました。「色が綺麗で、玉が張っている感じ、そして果点が入ってるほうが甘い」そうです。果点とは、皮に現れる白い点々模様のことで、太陽がしっかり当たって、甘くなった証拠です。購入する際、参考にしてみてください。

今年の春から始めた農園カフェでは、清美さんは畑で収穫したての桃を、パスタの具にしたり、桃のコンポートを使った桃カレーにしたりと、様々なアイデアを試みています。収穫最盛期の7月8月には、期間限定の桃パフェを新作に加えました。自家製桃ジャム、桃のコンポート、フレッシュな生の桃を段々に重ねて、色んな食感を楽しんでもらいたいと考えたデザートで、人気となっています。

清美さんは桃の育て方を父から教えてもらいましたが、よりよい桃を育てたいと、地元のベテラン桃農家に教えを請いました。先輩たちは、52歳の清美さんを赤ん坊と呼びます。それでも女衆のリーダーにさせたいと期待しています。そして、地元の桃研究会にも積極的に参加し、いろんな種類の桃の苗木を育てています。ふるさとの桃を未来に繋いでいく、大きな責任を感じています。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.8 NO.22

やっと先週の土曜日に退院することができました。先週は熱も下がり、本当はもっと早く退院できると思っていたのですが、今回は、前回よりさらに2日間長い37日間の入院となってしまいました。

前回と同じ大量のキロサイトという抗がん剤投与を行ないましたが、今回は前回のような薬疹はできなかったですが、クリーンルームに入れなかったこともあり、今回は白血球が100未満に下がってから急性胃腸炎、気管支炎と最後は肺炎にもなってしまい、抗生剤などの点滴が退院前日まで続き、退院しても大量の薬を渡されました。

やはり、2回目の抗がん剤の投与のせいで、確実に体が回復する力が落ちており、3回目の入院も1か月以上体を休ませて欲しいと先生に訴えましたが、1か月後の9月12日の再入院となる予定です。

今回の入院時も春日部の仲間からメールをいただいたり、同級生の社会保険労務士から声が聞きたいと電話がきたり、いろいろと励まされました。

もちろん熱が高い状態が続き、妻にも病院に来てもらう回数も増えて、負担をかけてしまい感謝しています。

今週から自宅リハビリが始まりました。6時に起きて散歩をしますが、病院内とは違い、人をよけながら歩くので、まだフラフラしていますが、しっかり歩けるように頑張ります。

posted by 國井 正 at 10:36| 東京 ☁| Comment(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月08日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」393号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第393回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.123>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、滋賀県東近江市が舞台です。農家民宿「田舎のお宿 ぴっかり」を営む西田光子さん(69歳)と夫の三郎さん(75歳)が主人公です。

大阪市で生まれ育った光子さんは、22歳の時にお見合いで出会った三郎さんと結婚し、2人の子どもが生まれました。ご夫婦共に大阪育ちで、自然に触れ合う機会が少なく、田舎への憧れが強かったと言います。三郎さんが退職後、田舎暮らしの夢を実現させるためご夫婦で移住先を探し、見つけたのが、東近江市の小さな集落にある一軒の古民家でした。洗濯物がのびのびと干せる庭や、家の向かいにある畑が決め手でした。2011年に移住すると、畑を耕しながら、のんびり田舎暮らしを始めました。

光子さんは大の料理好きで、二人のもとへ遊びに来た友人は、目の前の畑でとれた野菜で作った料理を絶賛します。さらに自然豊かな環境、元気いっぱいの二人の姿を見て、体験型の宿の開業を勧めたそうです。「人との交流が広がり、自分たちの生きがいにもなる」と、お二人は2012年4月に「田舎のお宿 ぴっかり」をオープンしました。

「ぴっかり」とは光子さんのニックネームです。その名のようにいつも輝いている光子さんと、妻を優しくサポートする三郎さんです。憧れの田舎に移住して、料理自慢の古民家宿を開くことになったご夫婦の、明るく楽しい日常をご紹介します。

自宅の向かいには畑があります。農業初心者だった西田さんご夫婦は、ご近所さんから畝の作り方や野菜の育て方を1から教えてもらいました。今では立派な実をつけるまでに、畑の腕を上げたお2人には、育てた野菜を収穫することが一番の楽しみだそうです。

三郎さんの趣味は絵を描くことです。時間を見つけては、自宅近くのお気に入りの場所でスケッチをします。この日描いたのは鈴鹿山系。自然豊かな地に移住し、大好きな絵を、以前にも増して楽しんでいます。

この日、料理体験をしに地元の主婦の方々が集まりました。畑で収穫したばかりの新鮮野菜を使います。普段は一人で作る料理、たまにこうしてみんなで作ると楽しいですよね。また一つ、料理のレパートリーが増えました。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.8 NO.21

先週は、白血球は、4800まで上がってきましたが、水曜日までは、熱が高く、何もできなく、寝ている状況が続きました。

木曜日からは、熱がようやく下がり、朝は院内散歩を続けています。まず6時に起きたら、1階の玄関まで下りて、一度外の空気を吸います。先週は、朝から暑さがひどく、あまり外にいられません。少し体操をしたら、2階に上がり、本館の診療階を散歩しますが、7時くらいまでは、診察する人も来ないので、ゆっくり散歩ができます。また後は、4時30分に受付業務が終了しますので、17時くらいから散歩をすることができます。

しかしこのキロサイトという抗がん剤は非常に強く、それも5日間という日数をかけて大量に投入しますので、その後、白血球が、100未満に下がりますので、免疫力が無くなり、自分の体の中の細菌により、今回は、胃腸炎、気管支炎、肺炎という状況になり、熱が上がると何も行動ができなくなります。

もう1回この治療をしなくてはならないので、担当医師とも相談の上、1カ月は少なくともインターバルを置いて、骨髄や血管などが回復しないと耐えられそうにもありません。今週には退院できると思いますが、次回の入院は、9月中旬となりそうです。

posted by 國井 正 at 10:59| 東京 ☀| Comment(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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