2016年08月07日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第392号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の

仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第392回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.122>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、宮城県栗原市が舞台です。移住した集落で無駄になってしまっている果実を利用して、シャーベット作りを始めた渡辺信雄さん(67歳)と妻の生子さん(65歳)が主人公です。

自然に触れることが好きだったお二人は、美しい栗駒山に魅せられて、栗原市に土地を購入。東京の住まいとの二地域居住を楽しみながら、地域の方々との交流を深め、信雄さんが退職した2014年に栗原市に完全移住しました。ある日、桃の収穫を手伝っていると、廃棄される果実の多さに衝撃を受けました。何かに加工できないかと考え、思いついたのは、果物を材料にして保存もきくシャーベットでした。

地域の仲間たちも全面的に協力してくれることになり、2015年7月、地元の果実を使ったシャーベット店「もぎたてフルーツ工房 土里夢(どりーむ)」をオープンしました。お店では、季節の果物や野菜を使った10種類以上のシャーベットを販売しています。開店から一年、市の内外から人々が押しよせ、

地域は少し賑やかになって来ました。仲間たちとの夢を育む「土里夢」は、里の恵みで作るシャーベット工房を営む、渡辺さんご夫婦の日常をご紹介します。

シャーベットの加工は信雄さんが担当しています。信雄さんの作るシャーベットは、果肉を多く使うことで、ガリガリとした食感ではなくクリームの様なねっとりとした舌ざわりになっています。出来たシャーベットの試食は生子さんの担当です。地域で収穫した果実や野菜を使ったシャーベットが10種類以上並びます。

「もぎたてフルーツ工房 土里夢」の仲間と共にやって来たのは、ご近所の小山さんのお宅。敷地にある梅の木から実を収穫します。収穫した梅の実は砂糖漬けにして、実がやわらかくなってからシャーベットに加工します。

この日「もぎたてフルーツ工房 土里夢」はイベントで賑わう「あやめの里」で出張販売を行いました。東京から応援にやって来てくれたのは長女のあゆみさん。もっと広い地域の人たちに知ってもらおうとPRにも熱が入りました。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.8 NO.20

先週も、白血球は、火曜日に100に上がり。木曜日に200となりましたが、前回より回復が、数日遅れており、先週も月曜日から7℃台から8℃台の高熱が続き、水曜日には9.4℃まで上昇していまいました。

日中もほとんど寝ている状況であり、シャワーも全然はいれません。ただ高熱を寝て我慢するのも大変辛く、高熱があるので、目を瞑ると幻想が見え現実なのか夢なのか良く分からなくなります、

点滴も抗生剤、血小板、赤血球、など入れており、点滴の針も繋ぎはなしで、これに白血球を増やすブランという注射など様々な治療があるので、ゆっくりする状況ではありません。

今週は、白血球の数値が早く上がり、他の数値も上昇するれば、退院する予定も見えてくるかもしれません。


posted by 國井 正 at 14:20| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第391号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。


在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第391回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.121>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、東シナ海に面した沖縄を代表するリゾート地、恩納村が舞台です。客室の窓から望む東シナ海の絶景と沖縄の家庭料理が魅力の「ペンションほろほろ」を営む清水江津子さん(62歳)と夫の岩男さん(649が主人公です。

沖縄県本部町出身の江津子さんは、愛知県の大手自動車メーカーで産業保健師として働いていました。27歳の時、趣味の油絵を通じて三重県出身の岩男さんと結婚し、2人の娘が生まれました。長らく故郷の沖縄を離れていた江津子さんでしたが、48歳の時、小学校のクラス会に参加したのをきっかけに、故郷の素晴らしさを再認識しました。江津子さんは産業保健師という仕事を通て、頑張っているたくさんの人たちと接してきました。定年退職後は、そんな頑張っている人たちが、休日にのんびりと過ごせるようなペンションを沖縄で始めたいと考えていました。そして2013年、江津子さんの定年退職を機に名古屋から移住し、翌年1月に念願の「ペンションほろほろ」をオープンしまた。

清水さんご夫婦が営む「ペンションほろほろ」は、4室の小さな宿ですが、どの部屋も広くゆったりとした空間になっています。各部屋には岩男さんが趣味で描いた風景画が飾られています。食事はチャンプルーやシリシリーなど沖縄の家庭料理が中心。母親の味を思い出しながら江津子さんが腕によりをかけて作ります。

ご夫婦はペンションで出す料理の食材の調達に出掛けます。海ぶどうは漁港で、野菜などは道の駅でと大忙し。朝食に出すフルーツは近所の農家に分けてもらっています。

パッションフルーツを栽培している當山さんご夫婦とは、普段からお酒を酌み交わす仲。ペンションを始めて、ご近所とのつながりが更に深くなりました。

沖縄といえばバーベキューです。休日には親戚縁者が集まりワイワイやるのが夏の定番で、江津子さんの妹さん家族やご近所さん、そして可愛い孫たちも参加して、「ペンションほろほろバーベキュー大会」です。江津子さんと岩男さんが感謝の気持ちを込めて乾杯し、皆で食べて飲んで、カチャーシーを踊って楽しいひと時を過ごしました。ふるさとに帰りペンションを始めて良かったと、改めて沖縄の良さ、人の良さを実感したご夫婦です。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.7 NO.19

いよいよ白血球の値が、0に下がりました。たぶん月曜日の夜からさがっていたみたいで、夜にシャワーを浴びたのですが、ちっとも体が温かくなならず、寝る時も寒気がしてしょうがありませんでした。

翌日の血液検査では、ゼロになったのが、判明し、その日の朝食は、食べられたのですが、そこから寒気が止まらず、体がガタガタ震えている状況でした。

そうしたら急に吐き気がして、戻してしまい、さらに下痢が続きました。体はもうろうとして、車いすでトイレに連れていかれました。体温は最高で、40度まで上昇し、そこから体がだるくひたすら寝ているだけです。夜も37℃台で朝まで良く覚えていません。

翌日になると体温は6℃台まで下がり、やっと動くことができました。しかしこの状況が続いており、現在7℃台で体がだるくてしかたありません。

いつになったら、状況が落ち着くのか心配です。特に通常はこの状態では、クリーンに入るのですが、移植患者が万床であり、入ることができないんで、さらに二次感染するおそれがあります。

どうなるのか白血球があがるのをひたすら待っているしかありません。耐え忍ぶ日々です。
posted by 國井 正 at 12:07| 東京 ☀| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月18日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第389号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第389回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.119>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、鳥海山を望む秋田県由利本荘市が舞台です。野菜や山菜の産地直売所を営む大坂日出雄さん(61歳)と妻の真理子さん(62歳)が主人公です。

秋田県横手市出身の日出雄さんは、23才の時に真理子さんと結婚し、2人の子供が生まれます。大手家電メーカーの営業マンだった日出雄さん、家族で転勤生活を送っていました。そんなサラリーマン生活を送る中で、「定年退職後はのんびり田舎暮らしをしたい」と55歳から定年後の定住地探しを始めました。そして見つけたのが由利本荘市内の空き家で、日出雄さんが定年を迎えた2015年3月、宮城県仙台市から移住しました。

移住して1年、すっかり地域に馴染んだご夫婦でした。すると、地元農家から「産地直売所を始めないか」との話が舞い込みます。購入した中古の家は国道沿いにあるため、産直には好立地だったのです。農家さんの提案
に日出雄さんは「じゃ、やりましょう」と即答しました。こうして、野菜や山菜を販売する「産直やしお」を今年4月にオープンしたのです。

産直オープンから1ヵ月、ご夫婦は更に新しい事を始めようとしていました。それは、農家民宿です。「地元の美味しい食材を使った家庭料理を提供し、田園風景を眺めながら、のんびりと過ごしてもらえる宿をしたい」というのが、ご夫婦の夢だったのです。

大坂さんご夫婦が営む「産直やしお」では、地元農家さんが丹精こめて作った野菜のほかに、大坂さんご夫婦が朝、近くの山で採ってきた山菜も並んでいます。オープンすると続々とお客さんが来店、その様子にお2人も嬉しそうです。店内には「お茶っこ飲み場」という茶飲みスペースもあり会話に花が咲きます。

この季節、夫婦の日課になっているのが朝のワラビ採りです。お世話になっている農家さんに「採りきれないから好きなだけ採っていいよ」と言われています。山菜の宝庫の山では、1時間ほどで沢山のワラビを採ることが出来ました。地元農家さんと山の幸に感謝です。

ご夫婦には、以前からやりたいことがありました。それは、農家民宿を開くことです。今日は、その長年の夢が叶い「農家民宿やしお」オープンの日です。民宿では、旬の山菜や野菜を使った真理子さんの手料理を味わうことが出来ます。この日は、山菜のミズを使ったオリジナルの料理を作りました。日出雄さんは接客担当。家庭的な雰囲気と真理子さんの手料理にお客様も満足な様子でした。大坂さんご夫婦にとって忘れられない1日になりました。

秋田には、中学自体からの親友が、奥さんの実家の近くに住んでいます。私と同じ系列の会社にいましたが、定年後は奥さんの実家の側に済むことを決めていたようです。幸い定年後の再雇用で秋田事務所の所長として、働く場所を会社が用意してくれたそうです。羨ましい話です。秋田は、いいところなので、一度遊びに行こうと思っています。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.7 NO.17

先週に病院から金曜日から入院できると連絡があり、金曜日の午前中に入院したしたが、約1カ月自宅にいて、前回の入院時の薬疹の影響で、なかなか体力が回復しない状態であり、やっと回復してきたところであり、正
直入院が伸びて助かりましたが、いよいよ来たという感じでした。

またもともと約1カ月のインターバルをいただいたのは、社労士の仕事が労働保険の年度更新、社会保険の算定基礎届と非常に忙しく、7月4日入院では、ぎりぎりの日程であり、まして再入院の前日まで、会社に呼び出しもあり、本当に助かりました。

入院が遅れていたこともあり、初日から足の付け根の静脈のカテーテルを挿入されて、その日の夕方から点滴を開始し、翌日の土曜日から、抗がん剤のキロサイトの大量投入が始まりました。さずがに最初に抗がん剤を入れた時は、吐き気止めやステロイドも入れているのですが、気持ちが悪く夜は頭も痛く、眠れませんでした。

この抗がん剤を、5日間水曜日まで行いますので、厳しいことと、抗がん剤が終了すると、数日後に白血球が、ゼロまで下がり、細菌等の感染などしやすくなるので、ここが非常に心配です。前回は、白血球がゼロになったときに、クリーンルームに入れたのですが、今回は移植患者が多く。入ることが厳しいと言われてしまったので、その心配もしなくてはいけません。

また患者仲間もいるのですが、丁度1人は、退院し、1人は金曜日から自宅に一時帰宅し、1人はクリーンルームに入っているので、話す相手もいない状況で、気分転換ができません。また点滴は24時間なので、院内を歩き回ることもできず、ストレスが溜まります。

この生活になれるまで、時間がかかりそうですが、何とか頑張るつもりです。


posted by 國井 正 at 10:02| 東京 ☀| Comment(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第390号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第390回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.120>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、果樹栽培が盛んな山梨市牧丘町で、ジューンベリー農園を始めた上杉三郎さん(68歳)が主人公です。

福井県で生まれた三郎さんは大学を卒業後、農林水産省の林業試験場で研究員として働き始めました。27歳で同じ職場に勤める東京出身のかおるさんと結婚、3人の子どもが生まれました。50代で田舎暮らしに興味を持ち始めた三郎さんは、妻のかおるさんを連れ、退職後に暮らすための場所を探しに出かけるようになりました。2000年、山梨市牧丘町で空き家だった元養蚕農家の古民家に一目ぼれし購入し、2007年、定年退職後に茨城県つくば市から牧丘町に単身で移住し、ジューンベリー農園を始めました

移住してから「便利な暮らしはしない」ということをモットーに生活しています。便利なものを最小限にしたことで、移住前とは違った日常を送ることができ、時間だけでなく、心にもゆとりが生まれたと言います。

晴れた日は畑で農作業、雨の日には自宅で読書や農作物の現状をノートに書くなどして、三郎さんがずっと憧れていた晴耕雨読を実現しています。薪で風呂を沸かし、土鍋でご飯を炊く、わわざざ面倒なことをして、贅沢な時間を過ごしています。

ジューンベリーの収穫期になると家族が大集合します。半日で約8キロの果実を収穫しました。作業を終えたら、みんなでお疲れさま会です。鉄板を囲み、庭で採れた新鮮な野菜をいただきます。頑張ったあとに食べるバーベキューは、最高です。

毎年恒例、ジャムの試作と試食会を家族で行いました。その年によってジューンベリーの甘さや酸味が違うため、砂糖などの量を微妙に調整し、数種類のジャムを試作します。今年のジャムの味が決まるということで、みなさん真剣です。

私が見学した、山梨県のクラインガルデンの暮らしと似ている気がします。家族から離れて、一人気ままに農作業をして生活することは、気楽で、ストレスのない暮らしとなり、伸び伸び生活できそうです。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.7 NO.18

再入院してすぐに、大量のキロサイトという抗がん剤投与が終わり、現在は、白血球の下がるのを待っている状況です。

今回は、抗がん剤を投与するのに、足の付け根の大きな静脈にカテーテルを入れました。場所が場所だけに、消毒したり、シャワーを浴びるのに、防水してもらうたびに、前を隠さないといけないので、少し面倒くさいのですが、炎症反応も起きずに終わりました。

前回は、抗がん剤の副作用で、体重増加や便秘などがありましたが、今回は、薬でうまく調節ができたので、多少むくみなどがありましたが、何とか乗り切ることができたのも、前回の経験が活かされました。

ただここからが、いよいよ本番です。間違いなく白血球が、下がりますので、感染症にかかりやすくなります。現在は、大部屋にいますが、本当はクリーンルームに移動したいのですが、現在は移植の患者が多く、今回はクリーンルームを使えないと言われていますので、このまま大部屋では、非常に不安です。

患者の入院退院も非常に多く、この血液病棟も、ベッドが空けばすぐに別な患者さんが入ってくる状況です。とにかく早く時間過ぎて、血液の状態が正常に戻ってくるのを待っているしかない状況は、厳しいものです。

先週は、突然同じ経堂にすんでいる料理教室の仲間が、お見舞いに来てくれました。彼とは同年代ですが、最近ひどい帯状疱疹にかかり、まだ顔を跡がある状況でした。いろいろとこの年ですと何か出てきてもおかしくないことを実感しました。


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2016年07月04日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第388号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第388回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.118>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回の舞台は、佐賀県小城市です。のどかな山あいにある自宅で、食事処「だんらん」を開いた江里口京子さん(70歳)が主人公です。京子さんが手間暇かけて作る田舎料理が自慢のお店は完全予約制です。ランチは10種類以上のおかずにご飯とお味噌汁、デザートとコーヒーが付いてなんと1000円で、地元で大人気です。

7年前、突然の病で最愛の夫を亡くした京子さんは、深い悲しみから立ち直れずにいました。しかし、3年ほど経った頃「泣いてばかりいても仕方がない、前向きに行かないと」と一念発起し、2012年に自宅の一部を改装して「だんらん」をオープンさせました。

「だんらん」の料理は、京子さんがこれまで家庭で作ってきた「お袋の味」です。季節の野菜をたっぷり使い、麦みそを入れた白和えや、タケノコと高野豆腐の煮しめ等、地元で馴染みのある料理ばかりです。ランチセットに付くおかずは10種類以上、どれも野菜が中心の優しい味です。無理せず長く続けたいと営業は週に3日です。

明るく元気な京子さんは友人も多く、そんな仲間たちが全面的に応援してくれています。「だんらん」のファンでもある大親友の江里口千鶴子さんは、家庭菜園で育てている野菜をいつも大量に分けてくれます。亡き夫の大親友、庄島正義さんとも兄弟のような付き合いが続いています。レタスやキャベツなど、畑にあるものは何でも、「無くなってもいいから持っていけ」と言ってくれる正義さん。本当にありがたい存在です。

「だんらん」では必ず、京子さんが盛り付けを終えた頃、厨房にお客さんが顔を出します。誰からともなく「配膳するから集まって」と声があがり、お客さん自らお膳やお皿を客席に運ぶんです。お膳をバケツリレーのようにして運ぶ様は、皆さんの息があっていて見事です。京子さんが沢山の品数の料理を作り、忙しく盛り付けをする姿を見て、自然と手伝いをしてくれるようになったんです。さらには、エプロンを持参し盛り付けを手伝ってくれる人、食後に食器を洗って片づけてくれる人までいるという、ユニークなお店です。

花が大好きな京子さんは、お客さんを喜ばせたいと、庭に沢山の花を植えています。その中に毎年初夏に大輪の花を咲かせるアジサイの垣根があります。それは7年前に病で亡くなった夫・博さんが植えたもので、博さんは、京子さんが大好きなアジサイを家の周囲に一株一株、植えて増やしてくれました。

今も美しく咲く色とりどりのアジサイの花には、京子さんと博さんとの思い出がいっぱい詰まっているんです。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.7 NO.16

本来であれば、今日から日本医科大学付属病院に再入院する予定でしたが、病院から満床で入院できないとの連絡があり、自宅にいます。

今週中には、入院できると思いますが、何だか拍子抜けして、気が抜けてしまいました。入院に備えていろいろな準備をしていたことで、がっくりしたことと入院したくない気持ちがあり、少し気が楽になったことと両方の気持ちがあり、複雑です。

先週は、社会保険労務士会の主催の「がん患者の就労支援に関する社労士能力担保研修」に参加しました。この研修は、厚生労働省が平成25年度より、がん患者への相談支援の一環として、全国の診療連携拠点病院に社労士等の就労専門家を配置する「がん患者の就労に関する総合支援事業」を開始したことに関連する研修です。

内容は、現在病院で就労相談している社労士が、それぞれの相談体験談を語り、現状がどうなっているのか、紹介していました。病院側は、社労士がどのような仕事をしている者か、理解が浅く、最初は煙たがられる存在として見られるそうですが、信頼関係ができることにより、医師や看護師の受け入れ方も変わってくるそうです。

相談では、余命宣告を受けている方や、生活に困っている方から、怒鳴られることもあるそうで、なかなか大変なようでした。私のような血液系の病気の方の実例などもあり、参考にはなりましたが、医療保険などの未加入や、仕事を辞めなければならない問題などで、悲観する方もあり、聞くに堪えられない実例もありました。

また先週は、近くの松陰神社で、夏越大祓式があり、初めて参加して無病息災を祈り、茅の輪くぐりを行いました。茅の輪の起源は、善行した蘇民塔神が武塔神から「疫病が流行したら茅の輪を腰につけると免れる」といわれ、そのとおりにしたこところ疫病から免れることができたという故事に基づいているそうです。

少しでもご利益があるといいと思っています。
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2016年06月27日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第387号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第387回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.117>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、青森県今別町が舞台です。絶景が広がる景勝地 高野崎でお食事処、「海の駅 高野崎」をオープンした池田よし子さん(62歳)と夫の澄夫さん(72歳)が主人公です。

今別町の袰月(ほろづき)地区で生まれ育ったよし子さんは16歳の時に上京しました。22歳の時、広告代理店に勤めていた澄夫さんと結婚し、4人の子どもが生まれました。家族で福島県に移り住むと縫製工場を経営、仕事と子育てに追われる日々でした。

そんな中、楽しみは、子供たちと故郷・袰月を訪れることでした。東京出身の澄夫さんも、袰月の自然や人の温かさに惹かれていきました。子どもたちの独立を期に、夫婦で袰月に移住し、のんびり暮らそうと考えていたお二人でしたが、地域の人たちから「みんなが集まる憩いの場所がない」という話を聞きました。「大好きな故郷を元気にしたい」と、お二人は、2015年4月、町が所有する空き店舗を借りて、お食事処「海の駅 高野崎」をオープンしました。

「海の駅 高野崎」の自慢はラーメンです。フノリ、ワカメ、ネマガリタケなど地元の食材をふんだんに使っています。袰月の海の幸、山の幸、そして、よし子さんの愛情がたっぷり詰まった一杯です。

地元の名産は海藻です。季節によって獲れるものはさまざまです。毎朝、漁に出るのは、70歳を超えるベテラン漁師さんたちで、過疎と高齢化が進む今別町ですが、浜にはいつも笑顔があふれています。

「海の駅 高野崎」は、みんなの憩いの場で、常連さんが手作りのお菓子を持ってきてくれました。仲間が集まれば、自然と話に花が咲きます。お腹も心も満たされるお店です。

これまで賃貸住まいだったお二人ですが、海辺の家を購入し、引っ越しです。新居のお気に入りは2階の窓からの眺めで、目の前に広がるのは津軽海峡です。この景色を眺めながら、コーヒーを飲むのが澄夫さんにとって至福の時なんです。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.6 NO.15

退院から2週間経過し、だいぶ体調も戻り始めて、朝も1時間程度の散歩もコンスタントにできるようになって来ています。あと再入院まで、1週間は、しっかり体力づくりをするように心がけなければいけません。

また社会保険労務士の仕事も、労働保険の年度更新は、大体片が付き、今度は、7月1日に迫った社会保険の4月から6月までの給与で、年間の標準報酬が決まる算定基礎届の作業が佳境に入って来ました。6月の給与が支給されて、年金事務所から来た算定基礎届が続々事務所へ送られてきます。

今週は、1日の申請に向けた準備をして、給与実績をもとに、資料を作成して、何とか入院する7月4日までに、申請を終えるようにしたいと思っています。

また先週の日曜日は、次女夫婦が、イングリッシュ・コッカー・スパニエルの子犬を見せに、自宅に来ました。真っ黒でまだ体は小さいですが、男の子で15キロくらいには、なりそうです。まだ子供もいないのに飼ったのか聞いたら、ペットショップで一目ぼれしたそうで、2週間考えた末に、どうしても欲しくて買って
しまったそうです。

家のシェルティとは、初対面ですので、二匹とも少しまだ慣れない感じでしたが、子犬はとても可愛いので、楽しい時間でした。
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2016年06月20日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第386号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

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「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第386回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.116>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、東京都昭島市が舞台です。静かな住宅街にある民家を改装し「小さなパン工房 Osanpo』を営む、真下伊紀子さん(63歳)が主人公です。伊紀子さんが手間暇かけて焼き上げるパンは、土曜日だけの営業にも関わらず行列が出来るほど大人気です。

結婚後、子供のためにと料理はもちろん洋服、菓子などあらゆるものを手作りした伊紀子さんは、木工にも夢中になり、学習机や家具まで作るようになりました。また、家族を喜ばせたいとパン作りにも熱中しました。50代になると「子育てだけが人生のすべてじゃない、自分の人生にプラスアルファとなる生きがいを見つけたい」と考え始めた伊紀子さん。パン作りの腕を生かし、パン屋さんを始めることを決意します。

伊紀子さんのすごい所は、昭島市にある古い民家を借り、自分一人でリフォームしてしまったことです。そして2014年、「小さなパン工房 Osanpo」をオープンさせました。手作りにこだわる伊紀子さん、パンも沢山の生地を作り分け、具材から手間暇かけて調理して焼き上げるパンは「あたたかなお母さんのパン」です。

土曜日のみ営業の「Osanpo」は週変わりで15種類ほどのパンを焼きあげます。パンによって生地を作り変えているため大変な手間がかかりますが、伊紀子さんは「お客さんに満足して欲しい」と徹夜でパン作りに勤しみます。

ご本人曰く「お母さんのパン」は、ピューレ状にしたトマトを生地に練り込み、トマト嫌いの子どもでも食べられるパンを作ったりと、お母さんならではの愛情がたっぷり入った素朴なパンなのです。そんな伊紀子さんのパンを求め、毎週開店と同時に沢山のお客さんがやってきます。

美味しいパンだけでなく、庭に植えたかわいらしい花々や、カントリー調のお洒落な店構えも「Osanpo」が人気の理由です。お店は築48年の古民家で元々は畳敷きの部屋でした。それを伊紀子さんがたった一人で改装したんです。畳をはがし、壁や床に板を張り付け、4カ月かけてコツコツリフォームしました。カウンターや棚など、店内の家具もすべて手作りで、店を訪れるお客さんも「入口から入ってパンに辿り着くまでも楽しい」と仰っていました。

伊紀子さんのもう一つの顔が「木工女子」です。店を一人で改装したように「DIY」が得意なお母さんです。木を並べドリル片手に作業を始めると、あっという間に素晴らしい作品が出来上がります。最近、次男・嗣基さん夫婦が福生市にカフェをオープンさせたのですが、息子夫婦のために居酒屋からカフェへの改装も手伝った伊紀子さん。オープン祝いにと、店先に手作りのウッドデッキもプレゼントしました。

このように、女性でパンから木工まで、できる方は珍しいですね。本当に、頼もしい存在です。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.6 NO.14

退院から1週間経過し、やっと薬疹がよくなってきました。赤く腫れたところは、日焼けの跡のように、皮膚が全部剥がれて、まだ完全ではありませんが、腫れは、すべて引きました。

だいぶ体調も戻り始めて、朝も1時間程度の散歩もコンスタントにできるようになって来ています。あと再入院まで、2週間は、しっかり体力づくりをするように心がけなければいけません。

日曜日の父の日は、息子夫婦が遊びに来てくれて、高島縮のステテコをもらいました。粋肌着で、歌川国芳の金魚踊りという柄で、夏のパジャマがわりになりそうです。お昼は、経堂のイタリアンを予約して、みんなでランチをして、楽しい時間を過ごすことができました。

息子には、小学校の息子と幼稚園の娘がいますが、男の子は動物アレルギーがあり、飼っているシェルティにあまり触ることができませんが、外の散歩に一緒行って、綱を持ってもらい散歩することができました。女の子は、やはり犬が大好きで、いつも可愛がってくれます。子供は、犬などの動物が本当に好きなんだなと感心します。
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2016年06月14日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第385号配信!

会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第385回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.115>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、北海道名寄市が舞台です。1995年に廃線になった深名線の駅舎跡で食堂&旅人宿「天塩弥生駅」をオープンした富岡達彦さん(52歳)と妻の由起子さん(58歳)が主人公です。廃線の跡地で、当時を思い起こさせる懐かしい駅舎風の食堂と宿を始めた富岡さん夫婦の日常を紹介します。

国鉄分割民営化が決まり、国鉄から大手私鉄に転職した達彦さんは、その後、山仕事に興味を持ち北海道にUターンし、下川町の森林組合で働き始めました。そして名寄出身の由起子さんと出会い結婚します。

達彦さんと由起子さんは二人とも旅好きで、「迎えられる側」から「迎える側」になろうと、旅人宿を開くことを決意します。そして、名寄市内で廃線になった深名線・天塩弥生駅の跡地を購入し、「あった場所にあったものを作るべき」と、昭和の駅舎をイメージした建物を新築し、2016年3月に食堂&旅人宿「天塩弥生駅」をオープンしました。

鉄道好きなお客様はもちろん、昔を懐かしむ近所の方たちが食事や宿泊に訪れ、「自分の家に置くよりも店に置いて欲しい」と、様々な鉄道関連の品を持ってきています。

昭和の駅舎を思わせる佇まいの「天塩弥生駅」は、新築ですが、富岡さんのこだわりで本当に昭和から存在していたかのような塗装が施されています。加えて店の内外には実際に各地の鉄道で使われていた道具や小物が置かれ、お客様の目を楽しませています。なかには、訪れたお客様が「お店に置いて欲しい」と、持ってきた物もあるそうです。

昼は食堂、夜は男女別相部屋の宿になる「天塩弥生駅」では、お客様にお出しする料理は、主に由起子さんが担当しています。「日替わり定食」や道北地方ならではの「音威子府そば定食」が人気です。駅舎を思わせる店内で、鉄道に関係する品々を眺めながら、ゆっくり食事ができると評判です。

この日の宿泊客は、母子と夫婦、そして男性ライダーの計5人です。食堂に宿泊する5人が集まり、由起子さんが腕によりをかけた夕食を楽しみました。5人は食後も食堂に残り、北海道の話題や「天塩弥生駅」のこと、そして自分の旅の思い出など、それぞれのお喋りを楽しんでいました。

北海道は、20代のころに、転勤で2年間いましたが、田舎のない私には、第2の故郷であり、爽やかな今の時期を思い出します。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.6 NO.13

先週の水曜日に、薬疹の腫れが、だいぶ良くなって来ていたので、退院できました。

しかし完全に治ったわけではなく、やっと腫れが引いて、赤い薬疹が良くなって、来ましたが、現在は、腫れていた皮がむけてきて、カサカサになっており、薬疹もまだ完治したわけでなく、体を動かすのが厳しい状況です。退院時は、歩くことが厳しいので、タクシーで戻って来ました。

朝の散歩もやっと日曜日に再開しておりますが、今回の抗がん剤のすごさを改めて認識しました。

先週からは、仕事も再開し、現在は労働保険の年度更新という保険料申告の事務に時間がかかっております。この仕事をやるために、退院させてもらったこともあるので、何とかこの仕事を今週に、やり終える予定です。

しかし、このような状態では、2回目の抗がん剤投与が、さらに厳しくなるのではないかと心配になってきます。

1回目の退院時に比べると、梅雨の入り、熱くなって来ているので、季節の違いを感じますが、次回の入院は7月ですので、さらに熱くなるのではないかと思います。


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2016年06月06日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」384号配信!

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第384回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.114>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、新緑の里山の風景が広がる福島県南部の鮫川村(さめがわむら)が舞台です。冬は東京、春から秋は鮫川村で田舎暮らしと、二地域居住を楽しむ栗原勇三さん(71歳)と妻の幸子さん(68歳)が主人公です。

東京で生まれ育った勇三さんは区役所の職員として働いていました。27歳の時に幸子さんと結婚し3人の子供が生まれます。お2人が鮫川村を知ったのは、勇三さんが区役所で都市と農村の交流を考えていた時に、福島出身の職員に鮫川村を教えてもらったことがきっかけでした。東京から約3時間と

交流に最適な場所だと考えた勇三さんは、参加者を募って村との交流を始めました。交流が進むにつれて、いつしかご夫婦は鮫川村で暮らしたいと考えるようになります。しかし、子供たちが住む東京の暮らしも捨てきれない。そこでお2人は、東京と福島を行き来するニ地域居住を2011年6月から始めたのです。

幸子さんの趣味は絵はがきを書くこと、勇三さんが綺麗に手入れをしている自宅の庭や景色のいい場所に行ってよく書いているそうです。福島にいる時は、東京に住むご家族、お孫さん、ご友人に愛情のこもった絵はがきをメッセー時を添えて送っています。

福島との二地域居住を始めて、栗原さんご夫婦は地元の多くの方にお世話になっています。中でも、栗原さんご夫婦が借りている畑の隣にお住いの山形さんご夫婦は、いつも畑で作業をしていると「お茶でもどう?」と声をかけてくれるそうです。そんな暖かい声に、鮫川村にも両親ができたようだとお2人は言います。

この日、勇三さんが東京の方を中心に会員を募って始めた「わたしの田んぼ」に約20名の参加者が集まりました。オーナー制度で管理している田んぼで年に1度の田植えの日です。田植えは全てを手作業で行う為、苦戦されている方もちらほらでも、みんなでワイワイとやる田植えは本当に楽しいと皆さん満足の様子です。

ご夫婦が福島に来てから見つけた大好きな場所「鹿角平(かのつのだいら)観光牧場」です。移住を始めたころから2人で良く来るといいます。ご家族や周りの方々を大切にされている栗原さんご夫婦にとってここは、癒しの特別な場所なんです。

東京都と福島県の二重生活もいいかもしれません。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.6 NO.12

いよいよクリーンルームでも白血球は5000近くなり、前回入院した1507号に移りました。前回入院した人は誰もいない状況であり、しかも寝たきりの方の隣で真ん中という最悪の位置です。

クリーンルームにいた際に、血小板、赤血球の輸血の後に、ゾシンという抗生剤を投与したとたんに全身に赤い斑点が広がり、2回投与した後は、真っ赤にパンパンにはれて、痛くて歩けないことと熱が出てだるくて仕方がありません。

気持ち悪いので、シャワーを浴びたら、発熱してしまったので、タオルで体を拭いてステロイド入りの塗り薬をたっぷり塗っていますが、一向によくなる気配がありません。

本来ならば、先週の土曜日に退院予定でしたが、思いもよらない薬疹により退院が遅れそうです。参りました。
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2016年05月30日

メールマガジン「アクティブ・シニア・クラブ2」第383号配信

社会保険労務士&行政書士の國井 正です。

このメールマガジンのコンセプトは「兼業起業家への第一歩」です。

定年を迎えてから自分の好きな仕事をしようと考えている方は、多いと思いますが、それでは準備が遅れます。

また定年退職してから新しい仕事に取組みには、時間はあるかもしれませんが、収入の目処がつくには時間がかかりますので、在職中から定年後の仕事の準備を始めて、その仕事が順調になってから、サラリーマンをやめた方がうまく軟着陸できるはずです。

在職中であれば、将来の仕事に着手して赤字が出ても、給与所得と事業所得の損益通算により現在の給与所得が減りますので、その分所得税が還付されます。少しくらい失敗しても心強いですね。ぜひ今から新しい仕事にチャレンジしましょう。

今回も、最終章の生涯のライフワークをどう考えていくかを、お話していく予定です。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「兼業起業家への第一歩」シリーズ 第383回

その4 完全独立後も安定と成長

<その4 生涯のライフワーク NO.113>

ここからは、第2の人生を1起業家としてやっていくうえで、生涯のライフワークとしてどのように関わっていくかを考えて見たいと思います。

リタイア後は、仕事のことなど考えないで、悠々と過ごすと公言している人もいますが、何年間も趣味に生きられる方は別ですが、定年後もできるだけ、働きたいと思っている方のほうが多いのではないでしょうか。

日本の年金制度は、夫婦で安心して暮らしていくだけのレベルでは、ありません。また60歳から年金をもらえる時代ではなく、現在は65歳ですが、将来の年金改革では、間違いなく65歳以上に年金支給開始年齢が上がっていくことが予想されます。

生涯のライフワークということは、年金に加える収入を得ながら、自分の好きな仕事を一生涯続けることだと考えています。一生涯のライフワークには、どのようなものがあるか見て生きたいと思います。

今回も、私が大好きなテレビ番組「人生の楽園」から、生涯現役で頑張っている方を中心にご紹介しようと思います。

今回は、山梨県南アルプス市が舞台です。ご夫婦でペンション「ALPENガストホフ らんたん」を営む折口史明さん(53歳)と妻・美智子さん(55歳)が主人公です。

大阪府で育った史明さんは大学を卒業後、大手スーパーに就職しました。その後、同僚の美智子さんと結婚し、2人の女の子が生まれました。史明さんは仕事柄転勤が多く、一家4人で各地を転々とする生活を送っていました。

そんな中出会ったのが、家族旅行で宿泊したペンション「らんたん」でした。オーナーが引退する事を知り、豊かな自然の中で家族揃って暮らすことができると考え、折口さんご夫婦が手を挙げました。ペンションオープンに向け、美智子さんはパン教室に通ってパン作りを勉強しました。史明さんは日曜大工の腕を生かし、オープンデッキやピザ窯を完成させたのです。そして2014年4月、ペンション「ALPEN ガストホフ らんたん」を2代目として引き継ぎました。大自然で田舎暮らしを満喫する折口さんご家族の暮らしぶりを紹介します。


「らんたん」では、夫婦それぞれ仕事を分担しています。接客は、お話が大好きな美智子さんが担当し、料理作りを史明さんが担当しています。美智子さんの接客と、史明さんが愛情を込めて作る料理がお客様を喜ばせています。

史明さんと美智子さんが一番気に入っているのは「らんたん」がある芦安地区の景色です。ペンションからも山々の景色を楽しむことができます。そして、そんな自然を楽しみながら入浴できる露天風呂も人気の理由のひとつです。

家族4人で南アルプス市へ移住した折口さん家族ですが、長女・史帆さんと次女・美穂さんも芦安地区に馴染み、豊かな自然の中での暮らしを楽しんでいます。この日は、美穂さんの16歳のお誕生日。おいしいお肉と野菜、美穂さんの大好きなケーキを用意し、「らんたん」自慢のお庭でお祝いしました。

この日、移住後お世話になっている皆さんを呼んでのピザパーティが開かれました。史明さんが自作したピザ窯を使って作るピザを参加者みんなで作って楽しみます。地元の酒屋さんや芦安地区でペンションを営む先輩たちと、ペンションを継いで1年経過を祝いました。

年頃の娘さん達が、大阪から南アルプス市に移住しようと承諾したと思います。それだけ魅力のある土地であり、魅力のある家族であると思います。

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◆編集後記

白血病闘病記2016.5 NO.11

先々週は。キロサイトの大量投入により、体調が不安定になり、白血球が100まで低下し、熱を出したりひどい状況でしたが、熱も下がり、お腹の調子もよくなり、すっかり落ち着きを取り戻していますが、口内炎がひどくなり、食事を柔らかい麺類やおかゆとしていますが、ドレッシングや酸のきついものは、受付ないようです。

そして先週の土曜日に、白血球が2400まで上昇し、感染の心配がなくなってきています。今週には、このクリーンルームもでることになりそうです。

クリーンルームは、広くて綺麗な環境であり、ゆったりしていた最高なのですが、運動ができないことや他の友人の患者さんとも話せないので、ストレスがたまります。たまに友人の患者さんから電話がかかって来て、シャワーの直前の時間を利用して情報交換をしますが、他の患者さんのことなども聞けてためになります。

首に入っていたカテーテルは、シャワーに弱いことを除けば最高でしたが、熱がでたり感染の恐れがあると抜くことになります。その後は、腕の血管を調べてももったのですが、点滴に適した静脈が見つめられなく、現在は左手の甲に点滴を挿入しています。手が使えないことや、動く場所などで血管が長く持ちません。

場所を1回替えていますが、これで使えなくなったらどうしようと思います。今回だけでなく、この先2クールも同じことをするかと思うと非常に不安です。


posted by 國井 正 at 09:09| 東京 ☔| Comment(0) | メールマガジン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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